第五十五話
フレデリックが一歩前に出る。
500年の呪い。死にたくても死ねない、地獄のような時間の正体。
『其方の肉体には……かつて滅びた星一つ分のリフルが、無理やり詰め込まれ、封印されている』
「星、一つ分……!?」
シオンが驚愕する。
『そうだ。通常、死と共にリフルは大海へ還る。だが、其方の体はあまりにも強固な「器」となり、出口を失った膨大なリフルが体内だけで循環し続けているのだ』
神官が空中に複雑な図形を描く。円環が閉じたまま、高速で回転している。
『死んでも、リフルが外へ出られない。……故に、肉体を再構築し、何度でも蘇る。それは不老不死などではない。「閉じた循環」による、永遠の停滞だ』
「……こいつは傑作だな」
フレデリックは乾いた笑いを漏らした。
「俺一人が、歩く星だってのか。……どうりで体が重いわけだ」
『その停滞はいずれ限界を迎える。……停滞した水が腐るように、其方の精神は摩耗し、やがて自我を失い「生きた厄災」となるだろう』
「……ッ」
フレデリックの笑顔が消える。それは彼が最も恐れていた末路だった。
死んでリセットされる度に自分がすり減る感覚……漠然と感じていた遥か遠くで待つ終焉……考えないようにしていた。
それを意識してしまうと自分が壊れてしまいそうだったから。
『だが、解く術はある』
その言葉に、フレデリックの心臓がドクンと大きく鼓動した。
『今のシオンの力、そしてこの神殿の増幅機能を使えば……其方の体という「器」の蓋を開け、内包されたリフルを大海の循環へと還すことができる』
「!」
シオンが弾かれたように顔を上げる。
「本当ですか!? フレデリックを……助けられるんですか?」
『うむ。リフルが還れば、彼はただの人間に戻る。……呪いは消え、人として老い、人として死ぬことができるだろう』
シオンの瞳に涙が溢れた。
ずっと探していた答え。ニールに頼らずとも、相棒を救う方法が、ここにあったのだ。
「よかった……! フレデリック、よかった……!」
シオンがフレデリックの腕にすがりつく。
「……ああ……ああ!」
フレデリックは短く、噛みしめるように頷き、シオンの頭をポンと撫でた。
その表情は、歓喜ではない。
だが、500年間張り詰めていた糸が、ようやく緩んだような――深い安堵に満ちていた。
「ようやく、終わらせられるのか」
『だが、猶予はない』
神官の声が厳しくなる。
ドームの映像が赤く染まり、不吉な影が銀河を覆い尽くす図が示された。
『白亜を統べる者が成そうとしている業……。それは、リフルを強制的に停滞させ、永遠に固定化する行為だ』
「停滞させる……?」
『彼はそれを「永遠の命」と呼ぶだろう。だが、それはリフルの流れを止める行為と同義。……そんなものが広がれば、リフルは循環を失い、この星々の大海そのものが壊死して崩壊する』
シオンの背筋が凍る。
ニールの計画は、救済などではない。宇宙規模の自殺行為だ。
『シオンよ。調律者として覚悟を決めよ』
神官が問いかける。
『あの者を止めねばならぬ。……だが、奴はすでに巨大な力を手に入れている。それを止めるには、我らレイオンの「全て」を賭ける必要があるかもしれぬ』
シオンは涙を拭い、顔を上げた。
その瞳に、迷いはもうない。
彼女は王として、そして調律者として、力強く頷いた。
「分かっています」
シオンは腰の黒いリボルバーを握りしめた。
「私は、レイオンをこの世界を守る。……そして、フレデリックを人間に戻して、一緒に帰るわ」
「まったく、頼もしい限りだな」
フレデリックが腰の刀に手を添える。
「呪いを解いてもらうお代はニールの計画阻止だな」
『二人だけで盛り上がらないでくださいよ』
二人の間に割って入るようにアルがホログラムの姿を現す。
『私も混ぜて頂かないと。ねぇ、マスター、シオン様』
厳しい戦いになる。神官はそう思いつつも、蒼の王女、不死身の剣士、電子の精霊……この三人であれば乗り越えられるはずだと優しく見守るのだった。




