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XROSSPHERE~クロスフィア〜蒼の王女と不死身の剣士  作者: 東山小月
第十章:『星の記憶、レイオンの遺産』
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第五十四話

 そこは、巨大なドーム状の空間だった。

 壁一面に青く輝く結晶が埋め込まれ、まるで星空の中にいるような幻想的な光景が広がっている。

 共和国の無機質な白とは違う、生命の鼓動を感じさせる神秘的な蒼。


 その中央。

 祭壇の上に、一人の「人影」が待ち受けていた。


 ゆらゆらと陽炎のように揺らめく、半透明の姿。

 若者のようにも、老人のようにも見える。性別すら定かではない、不思議な存在。

 神官のようなローブを纏ったその幻影は、来訪者たちを静かに見下ろしていた。


「……貴方は?」


 シオンが問いかける。

 警戒して銃に手をかけるフレデリックを手で制し、彼女は一歩前へ出た。


 幻影はゆっくりとシオンを見つめ、そして慈愛に満ちた声を響かせた。

 それは耳で聞こえる音ではなく、脳の奥深くに直接語りかけてくる波動だった。


『よくぞ参った、シオンよ』

『永き旅路、そして幾多の試練……。見事であった』


「私の名を……知っているの?」


『知っているとも。我らは常にここから見守っていた』


 神官の幻影が、厳かに両手を広げる。


『我はこの世界の記憶。歴代レイオン王の意識の集合体であり、この神殿の管理者である』


「歴代王の……集合体」


 シオンが息を呑む。目の前にいるのは、かつての祖先たち、父や母の想いも含まれた存在なのだ。


 神官は深く頷き、シオンの全身を包むオーラを見定めた。


『レイオンの外に存在する数多ある世界。……それらを旅し、困難を乗り越えることで、其方はレイオン王家が持つべき三つの資質を開花させた』


 神官の指先から、三つの光が舞う。


『古きを断ち、悪しきを浄化する「破壊」』

『物事の本質を見抜き、掌握する「理解」』

『そして……歪んだ理に新しき形を与える「構築」』


『その全てが揃った今こそ、語る時が来た』


 神官の視線が、シオン、そして背後に立つフレデリックへと向けられた。


『聞くがよい。この世界に満ちる力「リフル」と……我らレイオン一族に課せられた、真の使命を』


 祭壇の結晶が一斉に輝きを増す。

 失われた歴史のページが開かれる。

 ニールが追い求め、そして見誤った世界の真実が明かされる。


 神官の幻影が杖を掲げると、ドーム状の神殿内部が一変した。

 壁面に埋め込まれた青い結晶が一斉に共鳴し、空間そのものがスクリーンのように書き換えられていく。

 そこに映し出されたのは、雄大な星々の大海だった。


「これは……」


 シオンが息を呑む。

 ただの星空ではない。星々の間を縫うように、目に見えない「光の川」が脈動し、循環している様子が視覚化されていた。


『見るがよい。これが世界のありのままの姿。……白亜を統べる者が見誤った、世界の真実である』


「白亜を統べる者……ニールのこと? 見誤った真実……?」


 シオンが聞き返す。


『左様。あの者は、この力を見て「尽きることのない燃料」だと理解したのだ。消費し、蓄積し、我が物にできるエネルギーだと』


 神官の声には、哀れみと憤りが混じっていた。


『だが、それは致命的な誤解だ。……我々はこの光を「リフル」と呼ぶ。それは消費されるものではない。形を変え、巡り続ける「循環」そのものなのだ』


「循環……」


『全ての事象は、リフルの流れから生まれる。炎が燃え、水が流れ、土が大地を実らせる……。それら全てがリフルの循環が生み出す「事象」に過ぎない。生命の誕生、魂の輪廻さえも、その大いなる循環の中の、ほんの一つの事象なのだ』


 神官が指差す先で、星が爆発し、散らばった光がまた新しい星へと集まっていく映像が流れる。

 命も、自然現象も、星の巡りも。全ては同じ源流から生まれ、また還っていく。


『水が雲になり、雨となり、海へ注ぐように。……リフルもまた、決して減ることなく、永遠に循環し続ける。これが世界の「ことわり」だ』


『……定義できません』


 アルのホログラムが、困惑したように明滅する。


『エネルギー保存の法則とは異なります。物理的な熱量だけでなく、意志や記憶といった精神干渉波までもが、同一の法則で循環しているというのですか……?』


『その通りだ、電子の精霊よ。……だが、白亜の大国に属す人々はその「流れ」を見失った』


 映像が切り替わる。

 映し出されたのは、白亜の巨塔――グリントアークだった。

 そこにはリフルの美しい流れがなく、人々は光の川から断絶された、色のない世界で生きているように見えた。


『彼らは物質的な進化の果てに、リフルを感じ取る器官を退化させてしまったのだ。……深海に住まう魚が光を忘れるように、彼らはリフルの存在を忘れてしまった』


 神官は悲しげに告げる。


『リフルを感知できぬ生命は、新たな循環を生み出せない。……今の白亜の大国を覆う閉塞感は、社会の問題ではない。種としての「緩やかな壊死」なのだ』


 シオンは戦慄した。

 ニールが恐れていた滅びの正体。それは、彼ら自身が捨て去ってしまった「リフルを感じる器官」の欠落によるものだったのだ。


『故に、我らが存在する』


 神官がシオンを見据える。


『我らはリフルの流れを見守り、滞らぬように整える「調律者」……シオンよ、其方が持つ「力」とは、まさしく澱んだ流れを正し、本来の循環へと導くための手段であり、我らの使命なのだ』


「私が……調律者……」


 シオンは自分の手を見つめた。

 ただ物を直すだけの力ではない。世界の、リフルの在り方を正すための力。

 自身の力が自分の理解の範疇を遥かに超えていることにシオンは底知れぬ恐怖を感じた。


『恐れることはない。……この広い星々の大海には、数多の世界が存在する』


 ドームの映像が、見たこともない異世界の風景を次々と映し出す。

 巨大な樹木に守られた森を悠然と見つめる巨人、蒸気機関が唸りを上げる世界で鉄の肉体を持つ青年、そして――。


 一瞬、見覚えのある神秘的な朱色の社、そこで刀に願いを込める少女の姿が映り込んだ。


「……あ」


 フレデリックは思わず映像を凝視する。

 (ミコトも……そうだったのか……今度こそ俺が……)

 懐かしく守れなかった大切なもの。フレデリックは新たな決意を胸に映像を見つめた。


『それぞれの世界には、我々と同じようにリフルの調停役を担う者たちがいる。……呼び名は違えど、根源と役目は皆同じなのだ』


 壮大な真理に、シオンたちは言葉を失う。

 自分たちの戦いは、もっと大きな「何か」の一部だったのだ。


 神官はそこで言葉を切り、フレデリックの方へと向き直った。


『さて……。次はその「循環」から外れてしまった哀れな迷子について話そうか』


「……俺のことか」


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