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XROSSPHERE~クロスフィア〜蒼の王女と不死身の剣士  作者: 東山小月
第十章:『星の記憶、レイオンの遺産』
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第五十三話

 王宮の地下へと続く石造りの階段を、三人は慎重に、しかし素早く降りていく。

 かつては松明の灯りが揺らめいていたであろう回廊には、今は無機質な投光器が並べられ、白く冷たい光を放っていた。

 ニールの手によって持ち込まれた、場違いな文明の光だ。


「……嫌な感じね」


 シオンが眉をひそめる。


「神聖な空気が、機械の匂いで汚されているみたい」


「同感だ。土足で文化を踏み荒らすのが、あいつらのやり方らしい」


 フレデリックは先行しながら、角を曲がるたびに銀のリボルバーを構え、クリアリングを行う。


『前方、広間に生体反応複数。武装した警備兵が4人、非戦闘員の研究者が6名と思われます』


 アルのドローンが音もなく先行し、情報を送ってくる。


 古代の石版や彫刻の間を縫うように太いケーブルが這い回り、共和国製の大型解析装置が低い唸りを上げている。神殿の壁には無造作に機材が立てかけられ、神聖な場所への敬意など微塵も感じられない。

 その周りで忙しなく作業をしていたのは、全身を清潔な白衣に包んだエコーズの研究員たちだった。


「ん? なんだ君たちは」


 三人の存在に気づいた主任と思われる研究員が、不機嫌そうに顔を上げた。


「ここは共和国の管理特区だぞ。調査の邪魔だ。現地の野蛮人が立ち入っていい場所じゃない、さっさと出て行きたまえ。これだから文明未発達の星の人間は困る」


 彼らはレイオンの文化や歴史に何の関心もなく、ただの調査対象の「未開の地」と侮り、明らかに民たちを見下していた。


「……チッ。どこに行っても、こういう腐ったエリート気取りはいるもんだな」


 フレデリックが苛立ちを露わにし、実力で一掃してやろうと一歩前に出ようとした。

 だが、それを制したのはシオンだった。

 彼女はフレデリックの前にスッと立ち塞がると、凛とした足取りで主任研究員の目の前まで歩み寄った。


「な、なんだ君は」


 研究員が怪訝な顔をする。

 シオンは逃げることなく、その深い蒼の瞳で、彼らを真っ向から見据えた。


「わたくしはシオン・エルメリア・レイオン。この国の王女です」


 静かだが、神殿の奥深くまでよく響く、威厳に満ちた声だった。


「貴方たちの復興支援には感謝します。ですが、ここは我が王家の聖域。泥靴で踏み荒らし、我が国の民を侮辱することは、王として断じて許しません」


「は、王女だぁ? 何を馬鹿な……」


 男が鼻で笑おうとした瞬間。

 シオンから放たれる圧倒的な気迫――数多の死線をくぐり抜け、国の命運を背負う者だけが持つ「王者の風格」に、男は言葉を失った。


 物理的な力や暴力ではない。ただそこに立つだけで、周囲の空気を支配するような重圧。


 この数か月の旅とそこで得た経験がシオンを無知な姫から、国を背負う王として成長させたのは明らかだった。


「直ちに機材をまとめ、この神殿から退去しなさい。……それとも、銀河共和国は他国の王族を力でねじ伏せる野蛮な国だと、知らしめたいのかしら?」


 シオンの冷徹な一瞥に、研究員たちは顔を青ざめさせた。

 暴力に訴えることなく、理詰めで、かつ王としての威厳で圧倒されたのだ。彼らのような温室育ちの研究員が、本物の修羅場を越えてきた彼女の気迫に抗えるはずもなかった。


「た、退避だ! とりあえず上の指示を仰ぐ!」


 主任研究員は逃げるように部下たちに指示を出し、彼らは機材の多くを放置したまま、そそくさと神殿の奥から去っていった。

 その様子を見ていたフレデリックは、ポカンと口を開けていた。


「……おいおい、マジかよ。手も出さずに追い払うとは……」


『素晴らしい……。シオン様の交渉術と威厳、見事という他ありません』


 アルのホログラムも、感心したように拍手を送っている。


「……アラクネでごろつきに絡まれてオロオロしてたお姫様と、本当に同一人物か?」

「もう、茶化さないでよ。……ちょっと、足が震えちゃったけど」


 シオンはふぅと息を吐き、緊張を解いて小さく微笑んだ。


「さあ、行きましょう。ニールの計画を止めるために」


 三人は、静けさを取り戻した神殿の最深部へと足を踏み入れた。


 脅威を取り除いた三人は、部屋の中央、巨大な岩盤をくり抜いて作られた「開かずの扉」の前へと進んだ。

 表面には複雑な幾何学模様が刻まれ、その周囲には研究員たちが持ち込んだドリルやレーザーカッターが散乱している。どうやら、物理的にこじ開けようとして失敗したらしい。


「愚かな人たち。……これは力ずくで開くものじゃないわ」


 シオンは扉の前にある祭壇のような台座に立った。

 そして、首元から一つの装身具を取り出す。

 それは、旅の途中で取り戻した、唯一無二の「レイオンの秘宝」――青い宝石が埋め込まれたネックレスだった。


 シオンがネックレスを台座にかざす。

 宝石が淡い光を帯び、台座と共鳴を始めた。


 フォォォォン……。


 岩盤に刻まれた幾何学模様が、血管に血が巡るように青白く発光し始める。

 ニールの科学力をもってしても傷一つ付かなかった扉が、重苦しい地響きと共に、ゆっくりと左右に開き始めた。


「開いた……」


 開かれた扉の奥から、清浄な冷気が流れ込んでくる。

 それは、外界とは無縁の悠久の時を閉じ込めた空気だった。


「……行きましょう」


 一呼吸おき、シオンが先へと促す。

 三人は扉の奥、神殿の最深部へと足を踏み入れた。


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