第五十三話
王宮の地下へと続く石造りの階段を、三人は慎重に、しかし素早く降りていく。
かつては松明の灯りが揺らめいていたであろう回廊には、今は無機質な投光器が並べられ、白く冷たい光を放っていた。
ニールの手によって持ち込まれた、場違いな文明の光だ。
「……嫌な感じね」
シオンが眉をひそめる。
「神聖な空気が、機械の匂いで汚されているみたい」
「同感だ。土足で文化を踏み荒らすのが、あいつらのやり方らしい」
フレデリックは先行しながら、角を曲がるたびに銀のリボルバーを構え、クリアリングを行う。
『前方、広間に生体反応複数。武装した警備兵が4人、非戦闘員の研究者が6名と思われます』
アルのドローンが音もなく先行し、情報を送ってくる。
古代の石版や彫刻の間を縫うように太いケーブルが這い回り、共和国製の大型解析装置が低い唸りを上げている。神殿の壁には無造作に機材が立てかけられ、神聖な場所への敬意など微塵も感じられない。
その周りで忙しなく作業をしていたのは、全身を清潔な白衣に包んだエコーズの研究員たちだった。
「ん? なんだ君たちは」
三人の存在に気づいた主任と思われる研究員が、不機嫌そうに顔を上げた。
「ここは共和国の管理特区だぞ。調査の邪魔だ。現地の野蛮人が立ち入っていい場所じゃない、さっさと出て行きたまえ。これだから文明未発達の星の人間は困る」
彼らはレイオンの文化や歴史に何の関心もなく、ただの調査対象の「未開の地」と侮り、明らかに民たちを見下していた。
「……チッ。どこに行っても、こういう腐ったエリート気取りはいるもんだな」
フレデリックが苛立ちを露わにし、実力で一掃してやろうと一歩前に出ようとした。
だが、それを制したのはシオンだった。
彼女はフレデリックの前にスッと立ち塞がると、凛とした足取りで主任研究員の目の前まで歩み寄った。
「な、なんだ君は」
研究員が怪訝な顔をする。
シオンは逃げることなく、その深い蒼の瞳で、彼らを真っ向から見据えた。
「わたくしはシオン・エルメリア・レイオン。この国の王女です」
静かだが、神殿の奥深くまでよく響く、威厳に満ちた声だった。
「貴方たちの復興支援には感謝します。ですが、ここは我が王家の聖域。泥靴で踏み荒らし、我が国の民を侮辱することは、王として断じて許しません」
「は、王女だぁ? 何を馬鹿な……」
男が鼻で笑おうとした瞬間。
シオンから放たれる圧倒的な気迫――数多の死線をくぐり抜け、国の命運を背負う者だけが持つ「王者の風格」に、男は言葉を失った。
物理的な力や暴力ではない。ただそこに立つだけで、周囲の空気を支配するような重圧。
この数か月の旅とそこで得た経験がシオンを無知な姫から、国を背負う王として成長させたのは明らかだった。
「直ちに機材をまとめ、この神殿から退去しなさい。……それとも、銀河共和国は他国の王族を力でねじ伏せる野蛮な国だと、知らしめたいのかしら?」
シオンの冷徹な一瞥に、研究員たちは顔を青ざめさせた。
暴力に訴えることなく、理詰めで、かつ王としての威厳で圧倒されたのだ。彼らのような温室育ちの研究員が、本物の修羅場を越えてきた彼女の気迫に抗えるはずもなかった。
「た、退避だ! とりあえず上の指示を仰ぐ!」
主任研究員は逃げるように部下たちに指示を出し、彼らは機材の多くを放置したまま、そそくさと神殿の奥から去っていった。
その様子を見ていたフレデリックは、ポカンと口を開けていた。
「……おいおい、マジかよ。手も出さずに追い払うとは……」
『素晴らしい……。シオン様の交渉術と威厳、見事という他ありません』
アルのホログラムも、感心したように拍手を送っている。
「……アラクネでごろつきに絡まれてオロオロしてたお姫様と、本当に同一人物か?」
「もう、茶化さないでよ。……ちょっと、足が震えちゃったけど」
シオンはふぅと息を吐き、緊張を解いて小さく微笑んだ。
「さあ、行きましょう。ニールの計画を止めるために」
三人は、静けさを取り戻した神殿の最深部へと足を踏み入れた。
脅威を取り除いた三人は、部屋の中央、巨大な岩盤をくり抜いて作られた「開かずの扉」の前へと進んだ。
表面には複雑な幾何学模様が刻まれ、その周囲には研究員たちが持ち込んだドリルやレーザーカッターが散乱している。どうやら、物理的にこじ開けようとして失敗したらしい。
「愚かな人たち。……これは力ずくで開くものじゃないわ」
シオンは扉の前にある祭壇のような台座に立った。
そして、首元から一つの装身具を取り出す。
それは、旅の途中で取り戻した、唯一無二の「レイオンの秘宝」――青い宝石が埋め込まれたネックレスだった。
シオンがネックレスを台座にかざす。
宝石が淡い光を帯び、台座と共鳴を始めた。
フォォォォン……。
岩盤に刻まれた幾何学模様が、血管に血が巡るように青白く発光し始める。
ニールの科学力をもってしても傷一つ付かなかった扉が、重苦しい地響きと共に、ゆっくりと左右に開き始めた。
「開いた……」
開かれた扉の奥から、清浄な冷気が流れ込んでくる。
それは、外界とは無縁の悠久の時を閉じ込めた空気だった。
「……行きましょう」
一呼吸おき、シオンが先へと促す。
三人は扉の奥、神殿の最深部へと足を踏み入れた。




