第五十二話
惑星レイオン。
ガレッゾの襲撃から数ヶ月。キャリコ号は、その懐かしい大気圏内を滑るように航行していた。
「……見て、フレデリック」
コクピットの窓から眼下を見下ろしたシオンが、声を弾ませた。
眼下に広がるのは、焼け落ちた王宮跡地と、その周辺に広がる城下町。
出発時は黒煙と瓦礫の山だった場所が、今は整然と区画整理され、真新しい建物がいくつも立ち並んでいる。
「思ったより復興が進んでるな」
操縦桿を握るフレデリックが、感心したように返答した。
「もっとボロボロかと思ってたが、通りも整備されてるし、市場も機能してるみたいだ」
『スキャン完了。……周辺宙域に敵影なし。ニールの主力艦隊が到着するまで、予測であと数日の猶予があります』
コンソールから、アルの声が響く。
以前のような無機質な響きではない。黄金の意志を宿した、頼もしい相棒の声だ。
「……急がないとね」
シオンは頷き、指示を出した。
「降りましょう。王宮前の広場へ」
*
キャリコ号が高度を下げ、噴射炎を上げて広場に着陸する。
プシュッという音と共にハッチが開くと、乾いた風が吹き込んできた。土と、草の匂い。そして、復興に励む人々の熱気。
タラップを降りると、作業をしていた人々が手を止めて集まってきた。
額に汗を浮かべ、木材や石材を運んでいた男たち。炊き出しの準備をしていた女たち。
彼らの表情には、かつての絶望はない。自分たちの手で国を立て直そうという、力強い活力が満ちていた。
「シオン様……! シオン様だ!」
「我らの姫様が帰ってきたぞ!」
歓声が上がり、人々が駆け寄ってくる。
その輪の中心から、一人の老紳士が息を切らせて現れた。
背筋を伸ばした立ち姿には気品があり、使い込まれた執事服を纏っている。
「オズマ!」
「シオン様!……ああ、信じておりました。必ず戻ってこられると」
オズマだ。
シオンの留守を預かっていた忠臣は、主の前に進み出ると、感極まったように膝をついた。
「オズマ、顔を上げて。……ただいま」
シオンが優しく声をかける。
オズマは涙を拭い、顔を上げた。そして、シオンの首元にある「ペンダント」に目を留め、ハッと息を呑んだ。
「それは……レイオンの秘宝。……なんと、本当に取り戻されたのですね」
オズマの声が震える。
「それにその佇まい……立派に成長なされて…かつての父王様の面影を感じます」
「ありがとう。……でも、私一人の力じゃないわ」
シオンは背後の男を振り返った。
「おお、貴方様は……」
オズマがフレデリックに向き直り、深々と頭を下げた。
「フレデリック殿。……あの日、無理を承知でシオン様をお託ししましたが……貴方に依頼して本当に良かった」
「よしてくれじいさん。俺は依頼された仕事をしただけだ」
フレデリックは照れ隠しのように鼻を鳴らした。
「それに、俺の方こそシオンには色々と世話になった。……だから礼は不要だ」
「積もる話もありますが……今は時間がありません」
シオンは表情を引き締めた。
「オズマ、状況を教えて。この短期間でこれだけの復興……レイオンの民だけの力ではないのでしょう?」
オズマの表情が曇った。
彼は周囲をはばかるように声を潜め、王宮の地下へと続くゲートの方角を指差した。
「……左様でございます。シオン様が旅立たれた後、すぐに『銀河共和国』を名乗る空飛ぶ船団が現れました」
オズマは恐れと困惑が入り混じった顔で説明する。
「彼らは魔法使いのようでした。翼もないのに空に浮かぶ巨大な鉄の船、傷を一瞬で治す光の箱、見たこともない機械仕掛けの重機……。彼らの圧倒的な技術支援のおかげで、驚異的な速さで復興が進んでいます」
中世レベルの文明しか持たないレイオンの民にとって、共和国の超科学は魔法や神の御業に見えたことだろう。
「やはり、ニールの手回しか」
フレデリックが忌々しげに呟く。
「未開の惑星への技術介入なんざ知ったことじゃない感じだな。……手際が良すぎる」
「はい。……ですが、支援には『条件』がありました」
オズマは悔しげに拳を握りしめた。
「『神聖な遺跡の調査に協力せよ』と。……現在、王宮地下の神殿は、白い衣服を着た男たちによって完全に封鎖されています」
「神殿が……?」
シオンの顔色が強張る。
あそこは王家の人間しか立ち入れない聖域だ。
「我々が抗議しても、『これは復興支援の対価だ』と言って聞き入れません。逆らえば支援を打ち切ると脅され、民たちの命を守るためには、黙認するしかありませんでした……申し訳ございません、シオン様ッ!」
オズマはその場にひれ伏そうとしたが、シオンがその肩を支えた。
「顔を上げて、オズマ。貴方は間違っていないわ」
シオンは力強く言った。
「民の命を守るのが最優先。貴方は立派に役目を果たしたわ」
「シオン様……」
「でも、もう我慢する必要はない」
シオンは視線を地下ゲートの方角へと向けた。
そこには、武装した共和国兵が見張りを立てているのが見える。
『分析。……神殿内部に複数の生体反応あり。おそらく、ニールが送り込んだ先遣隊「エコーズ」の調査員です』
アルが報告する。
『彼らは神殿内部を占拠し、何らかの準備を進めています。……急ぎましょう、マスター』
フレデリックが銀のリボルバーのシリンダーを確認し、カチリと戻した。
「ニールの奴め……レイオン復興の名目に堂々と神殿調査を進めてた訳か。……だが、こっちは招待状を持ってる正当な後継者様だ」
フレデリックはシオンを見て、ニヤリと笑った。
「どうする、王女様? 不法侵入者を追い出すか?」
「ええ、もちろん」
毅然と頷いた。
「私の家に土足で上がり込むなんて、躾のなっていないお客様ね。……早々に退去頂こうかしら」
シオンはオズマに向き直った。
「オズマ、民のみんなを避難させて。……もうすぐ、空が騒がしくなるわ」
「! ……承知いたしました」
オズマは主君の瞳に宿る決意を悟り、深く頭を下げた。
「ご武運を。……レイオンの守り神のご加護があらんことを」
民衆たちの声援を背に、三人は歩き出した。
目指すは王宮の地下。
全ての因縁が始まった場所であり、全ての真実が眠る場所。
「行くぞ、アル、シオン」
「はい、マスター」
「ええ!」
レイオンの風が、彼らの背中を押すように吹き抜けた。
静寂は間もなく破られる。
最終決戦の幕開けが、刻一刻と迫っていた。




