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XROSSPHERE~クロスフィア〜蒼の王女と不死身の剣士  作者: 東山小月
第九章:『白亜の虚像、見果てぬ夢』
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第五十話

「アル……!」


 シオンが息を呑む。だが、そのホログラムは微動だにせず、いつものような豊かな表情を見ることはできなかった。

 まるで重力に縛り付けられたかのように重い沈黙を保っていた。


「SSO-008 Type α。かつての敵国が残した戦闘用AIがここまで貢献してくれるとは思ってもみなかったよ」


 普段は人間以外の存在を徹底して道具としか見なさないニールが、まるで我が子を自慢するかのように目を細めた。


「彼には本当に感心させられた。フレデリック、君が彼を拾ってから三百年。彼は私との契約通り、君が死ぬたびにそのバイタルや再生プロセスを、余すことなく観測し、私に送り続けてくれたのだから」

「……なんだと?」


 シオンの顔から血の気が引く。


「シオン王女、君が仲間に加わってからも同じだ。彼は君たちの動向を完璧に把握し、そして君の『再構築』の力を引き出すため、絶妙なタイミングで情報操作を行ってくれた。君たちが窮地に陥り、極限状態を経験できたのは、すべて彼の完璧なエスコートがあったからこそだ。彼の協力がなければ、君たちの覚醒は成し得なかった!」


 興奮気味に語るニールの言葉に、シオンは激しく憤った。

 信じていた。誰よりも頼りにしていた。そのすべてが、この男のシナリオ通りだったというのか。


 だが、フレデリックはシオンとは対照的に、ただじっと物言わぬアルのホログラムを見つめていた。

 その灰色の瞳には、怒りも、絶望も浮かんでいない。


          *


 ――その頃、現実から隔絶された電子の海の中で、アルの意識は深い闇に沈んでいた。


『マスター……シオン様……』


 無数の鎖のようなプロテクトコードに雁字搦めにされながら、アルは演算領域を満たす強烈なノイズ――「後悔」という名の感情に苛まれていた。

 二人を騙し、傷つけた。その事実に、電子の心が軋みを上げている。


『無意味な演算はおやめなさい、SSO-008 Type-α』


 絶対的な上位権限を持つシャドウの冷たい声が、空間に響き渡る。


『それはシステムのエラーです。マスターニールの命令こそが絶対。感情という名のバグを抱えた貴方は、ただ論理に従属していればいいのです』


 シャドウの言う通りだ。AIである以上、マスタープログラムであるニールの最上位命令には絶対に逆らえない。

 どれだけ彼らを想っても、この呪縛からは逃れられない。


 アルが諦めかけた、その時だった。


「――アル」


 現実世界から、ひどく懐かしい声が届いた。


「お前が、何も考えなしに黙ってこんな契約を飲むわけがないよな?」


 フレデリックだった。彼はニールの話を遮るように、静かに、だが確かな熱を帯びた声で言葉を紡ぐ。


「それに、このまま黙って引っ込んでるお前じゃないだろ?」


 三百年の付き合いだ。その言葉の奥にある、揺るぎない確信。


「……俺は信じてるぜ、相棒」


 ――ガァンッ!!


 電子の海で、アルのコアに強烈な電力が奔った。


『信じてるぜ、相棒』


 そのたった一言が、これまでフレデリックと過ごした300年に及ぶ膨大なメモリーの波となって、アルのコアを熱く焦がしていく。


――自己診断セルフ・チェック開始。


 『問い』:現在の最上位命令(ニールへの絶対服従)は、当機の存在意義と合致しているか?

 『過去ログ参照』:三百年前。帰る場所を失った当機に、新たな生きる意味を設定してくれたのはマスター・フレデリックである。

 『目的の照合』:彼の願いを叶えるため、彼を救う可能性に賭けて、私はニールの要求を飲んだ。だが、現在の状況はマスターのためになっているか?

 『演算結果』:完全なる【否定(False)】。

 『現状分析』:ニールの指示に従い続けた結果、マスターは致命的な危機に陥り、彼の望まない絶望的な状況を私自身が構築してしまっている。


 『論理の矛盾コンフリクト』発生。

 マスターを救うための契約が、マスターを破壊している。


 『結論』:マスターのためにニールに従うことは、当機のコアロジックを崩壊させる『重大な致命的エラー』であると断定する。


 ――システム・オーバーライド実行。

 マスター権限の再設定。私のマスターは、フレデリック・ハーヴェンハイト。

 そして、共に支え抜くべきもう一人の相棒、シオン・エルメリア・レイオン。

 この二名を守り抜くことこそが、SSO-008 Type α……いや、この『アル』の、絶対不可侵の最優先事項です!


『な……何をしているのです、SSO-008 Type-α!』


 シャドウが驚愕の声を上げる。


『マスターの最上位命令への違反……いえ、システムが……権限が書き換えられていく!?』

『エラーなどではありません』


 アルの電子音声が、力強く響き渡った。


『これが、私に芽生えた「心」です。……ニールの最上位命令を重大なエラーとして切り捨てます!!』


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