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XROSSPHERE~クロスフィア〜蒼の王女と不死身の剣士  作者: 東山小月
第九章:『白亜の虚像、見果てぬ夢』
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第四十八話

「人類は叡智の最高点に到達した。これ以上の発展はない。……見てごらん。誰もが満たされ、誰もが争いを忘れ、そして誰もが『明日』を夢見なくなった。ここにあるのは、ただ現状を維持するだけの停滞だ」


 彼は断言した。


「これは繁栄でも平和でもない。……緩やかな『死』だ」


 フレデリックは黙って聞いていた。500年前からこの男を見てきたが、その根本にある虚無感のようなものは、変わっていないどころか肥大化しているように見えた。


「統計データによれば、あと数百年で共和国の社会システムは崩壊する。出生率の低下、創造性の欠如、遺伝子の均質化……。人類は、あまりにも快適すぎる檻の中で、生物としての生存本能を失い、静かに腐り落ちていく運命にある」

「だから、何だと言うんだ」


 フレデリックがぶっきらぼうに遮った。


「人類が滅びるのが怖いから、1000年も生きて見張り番でもしてるのか? ご立派な心がけだな」

「ああ、私は本気で人類を救済したいのだよ」


 ニールは静かに微笑んだ。


「私は諦めたくなかったんだよ。……だから、自身の肉体を改造し、ナノマシンで細胞を置換し、人としての倫理を捨てて延命し続けた。ただ、この『滅びの予測』を覆す解を見つけるためにね」


 その言葉には、狂気じみた執念が滲んでいた。1000年。それは、一人の人間が背負うにはあまりにも長すぎる時間だ。愛する者を見送り、時代が移り変わるのをただ見つめ続け、それでもなお「答え」を求めて足掻き続けた男の孤独。


「だが、結論は出た。……『人類すべてを救うことは不可能』だ」

「……ッ」

「愚かな大衆は、目先の幸福に溺れて死んでいくしかない。救える数は限られている。……ならば、どうするか?」


 ニールの瞳に、冷たい熱が灯る。それは冷徹な科学者の目であり、同時に狂信的な救世主の目でもあった。


「選ばれた『種』だけを残す。……優れた知性、強靭な肉体、そして永遠の時間を持つ『新人類』へと進化させることで、人類という概念そのものを保存するのだ」


 ニールはテーブルの上のホログラムスイッチを押した。空中に浮かび上がったのは、DNAの二重螺旋構造と、『PROJECT NOAHプロジェクト・ノア』の文字。


「プロジェクト・ノア。……それが私の計画だ」


 ニールは恍惚とした表情で語り始めた。


「叡智を持つ選ばれた人間だけを選別し、その肉体を『不老不死』へと作り変える。……病むことも、老いることも、死ぬこともない完全な生命体となり、未来永劫、人類の叡智を継承しこの銀河共和国を管理する神となるのだ」


 部屋の空気が凍りついた。あまりにも壮大で、そしてあまりにも冒涜的な計画。


「不老不死だと……?」


 フレデリックが眉をひそめる。


「正気か?……死ねないことがどれだけの地獄か、アンタは俺を見て知ってるはずだろう」

「地獄? 違うな」


 ニールは即座に否定した。


「それは君が『不完全』だからだ。……君の不死は、呪いという不確定なエラーによるものだ。制御できず、痛みを伴い、精神を摩耗させる…言わば不老不死の失敗作だ」


 ニールはシオンの方を向いた。その視線は、まるで最高傑作の芸術品を見るかのように熱を帯びている。


「私の計画には、二つの鍵が必要だった。一つは、時間の壁を超える『肉体』のサンプル。……そしてもう一つは、その肉体を生み出すための『力』」

「……まさか」


 シオンが後ずさる。


「そう。フレデリック、そしてシオン王女。……君たち二人こそが、私の探し求めていた『ノアの方舟』の鍵なのだよ」


 ニールは両手を広げ、歓迎するように言った。


「光栄に思うといい。君たちもまた、滅びゆく銀河共和国を未来永劫救うための礎となるのだから」


 フレデリックとシオンは、呆れ果てて言葉も出なかった。こいつは、狂っている。人類を救うという大義名分の下、命を、魂を、ただの部品としてしか見ていない。その歪んだ正義が、白亜の部屋の白さと相まって、底知れない恐怖となって二人に迫っていた。


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