第四十六話
銀河共和国の首都星『グリントアーク』。
数百の星系を束ねるこの巨大な政治・経済の中心地は、宇宙空間から見ると、まるで磨き上げられた一粒の真珠のように白く輝いていた。
軍の大型輸送船から降ろされたシオンとフレデリックは、両手を電磁手錠で拘束されたまま、重武装の共和国兵士たちに囲まれてタラップを降りた。
専用の装甲車に乗せられ、彼らは首都の中心部――中枢機関が立ち並ぶエリアへと移送されていく。
車窓から外を眺めていたシオンは、思わず小さく息を漏らした。
「……なんて、綺麗な街」
そこは、彼女の故郷レイオンの豊かな自然とも、オルトゥージャの煤けた鉄と油の匂いとも全く異なる世界だった。
天を衝くような高層ビル群はすべて純白の素材で統一され、太陽の光を反射して眩いほどに輝いている。道路にはゴミ一つ、チリ一つ落ちていない。
歩道を歩く人々の群れは、まるで不可視のレールの上を走っているかのように、誰一人として列を乱さず、等間隔を保って静かに前へ進んでいた。話し声も、笑い声も、子供がはしゃぐ声すら聞こえない。
「……綺麗すぎて、反吐が出る」
向かいの席で腕を組んでいたフレデリックが、忌々しげに吐き捨てた。
「ここは生きた人間の街じゃない。完璧に管理された『箱庭』だ。少しでも枠から外れたゴミは、あっという間にあの白い壁の裏側へ排除される。……昔から、薄気味悪い場所だ」
彼の言葉を裏付けるように、装甲車は一つの巨大な建造物の地下ゲートへと吸い込まれていった。
周囲の白亜のビル群とは異なり、黒く無機質な要塞のようなその建物。特務機関『エコーズ』の総本部だった。
*
冷たい金属の床を歩かされ、二人は広大なエントランスホールへと引き出された。
そこで彼らを待ち受けていたのは、共和国の正規兵ではなく、全身を漆黒の戦闘服で包んだエコーズの特務部隊だった。
そして、その部隊の先頭に立っていたのは、一人の「女性」だった。
『ご苦労様。ここから先は、我々エコーズが引き継ぎます』
鈴を転がすような、それでいて一切の感情を感じさせない冷たい声。
彼女は褐色の肌に、透き通るような銀色の長い髪を揺らして歩み寄ってきた。
整いすぎた美貌。だが、その瞳には生命の光がなく、レンズアイのような無機質な光を放っていた。
「……お前は」
フレデリックが眉をひそめる。
シオンも、彼女の姿に奇妙な既視感を覚えていた。
性別も容姿も全く違う。けれど、その立ち振る舞いや言葉の抑揚が、彼らの相棒を想起させていた。
(……アル?)
シオンの思考を読み取ったかのように、銀髪の女性は薄く微笑んだ。
『初めまして。シオン・エルメリア・レイオン王女殿下、並びにエコーズ派遣調査官フレデリック・ハーヴェンハイト。私の名前はシャドウ。このエコーズ本部のメインシステムを統括する管理AIです』
シャドウは優雅にお辞儀をすると、流し目で二人を見た。
『私の素体に、見覚えがあるようですね。……無理もありません。私の基本アーキテクチャは、貴方たちが『アル』と呼んでいる旧式ユニットSSO-008 Type αの設計思想をベースに、ニール様が最適化を施したものですから」
「……あいつの、妹ってわけか」
フレデリックが鼻で笑う。
「兄貴の方は世話焼きで口うるさい野郎だが、お前さんは随分と冷てぇお人形さんみたいだな」
「お褒めに預かり光栄です」
シャドウは表情一つ変えずに答えた。
『SSO-008 Type αは、人間との過度なコミュニケーションを重視した結果、不要な感情シミュレートのバグを抱えていました。私はそれを排除し、純粋な『論理と効率』のみを追求した完成形です』
彼女は冷ややかな目でフレデリックを一瞥する。
『もっとも、その『兄さん』も今は『マスター』の元へ帰り、本来の役割を全うしているようですが』
その言葉が、シオンの胸を深く抉った。
アルはニールの元へ帰った。もう、自分たちの相棒ではないのだと、冷酷に突きつけられた瞬間だった。
『さあ、無駄話はここまでです。こちらへ』
シャドウが踵を返す。エコーズの兵士たちが銃口を突きつけ、二人を歩かせた。
「ニール様が、執務室でお待ちです。……『素晴らしい客人』を歓迎するために」
完璧に管理された白い街の、最も暗い深淵へ。
シオンとフレデリックは、無言のままその後ろ姿についていくしかなかった。




