第四十五話
ズゥゥゥン……という鈍い重低音が、キャリコの船体を絶え間なく揺らしている。
銀河共和国軍の超大型戦艦。その広大な格納庫の片隅に電磁拘束されたキャリコは、まるで巨大な鯨の腹の中に呑み込まれたようだった。
船内のメイン照明は落とされ、非常用の赤いランプだけが、ラウンジにいる二人の姿を薄暗く照らし出している。
いつもなら絶え間なく響いていた軽快な電子音も、世話焼きなホログラムの姿もない。アルによってシステムをロックされ、シオンとフレデリックは自分たちの船の中に「監禁」されていた。
「……気づけたはずだったのに」
ソファで膝を抱え、シオンは震える声で呟いた。
「違和感はずっとあったの。アビスマーケットの時も、タルタロスでも……グレイ・ファントムの時だって。アルの行動は、時々……すごく不自然だった」
彼女は、自分の腕に爪が食い込むほど強く抱きしめた。
「でも、疑いたくなかった。アルは私たちの味方だって、信じきっていたから……目を逸らしてしまった……」
自分の甘さが、この絶望的な状況を招いてしまった。
あの時、少しでも疑っていれば。アルをシステムから切り離していれば。
シオンの悔恨に満ちた声が、静まり返った船内に虚しく吸い込まれていく。
そんな彼女に対し、フレデリックは何も答えない。
彼は少し離れた床にあぐらをかき、ただ黙々と手元の作業を続けていた。
カチャッ、チャキッ……。
薄暗がりの中、愛銃『タウラス』のシリンダーを回し、布で丁寧にガンオイルを拭き取る音だけが、規則正しく響いている。彼の傍らには、刃こぼれ一つない『斬鬼丸』が静かに横たわっていた。
「……貴方は、悔しくないの?」
たまらず、シオンは顔を上げた。
「三百年も一緒にいた相棒に……裏切られて、何も思わないの!?」
フレデリックの手が止まる。
彼はタウラスをゆっくりと床に置き、シオンの方へ視線を向けた。
その灰色の瞳には、怒りも悲しみも浮かんでいない。ただ、凪いだ海のように静かだった。
「……悔しい、か。そうだな」
フレデリックは短く吐き捨てた。
「起きてしまった事は変わらないし、それを嘆いてもこの状況はどうにもならない」
「それは……!」
「シオン」
フレデリックは低く、けれど穏やかな声で彼女の言葉を遮った。
「この先、後悔しないために今できることをやっておこう」
そう言うとフレデリックはシオンの腰のホルスターに指をさした。
「手入れの仕方、教えてやるからここに座れ」
突き放すようでいて、不思議と温かみのある声だった。
シオンは『ブラック・ガルム』を手に取ると、フレデリックの隣に腰掛ける。
「手入れを怠った銃はいざという時にちゃんと動作しないからな。そいつは特に気まぐれだから、しっかり手入れしてやれ」
フレデリックはシリンダーの開け方、汚れの拭き取り方を、見本を見せるようにゆっくりとやってみせた。
「ニールの野郎のツラを拝む時が、必ず来る。……その時、こいつがお前の思いを代弁してくれるようにしとかないとな」
その言葉に、シオンはハッとした。
(……そうね。泣き言を言っている場合じゃないわ)
自分には、まだ戦う力が残っている。この銃がある。そして何より、隣にはこの頼もしいもう一人の相棒がいるのだ。
シオンは膝の上に乗った『ブラック・ガルム』の冷たい鋼に触れた。
震えていた指先から、少しずつ力が戻ってくるのが分かった。
「……ええ。分かったわ」
彼女は布を手に取り、見よう見まねで銃身を磨き始めた。
共和国の軍艦は、虚空を滑るように進み続ける。
行き先は、ニールが待つ共和国の首都星『グリントアーク』。
静かな闘志と、黒い相棒を胸に抱き、キャリコは決戦の地へ向かう暗闇の旅路をゆく。




