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XROSSPHERE~クロスフィア〜蒼の王女と不死身の剣士  作者: 東山小月
第九章:『白亜の虚像、見果てぬ夢』
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第四十五話

 ズゥゥゥン……という鈍い重低音が、キャリコの船体を絶え間なく揺らしている。

 銀河共和国軍の超大型戦艦。その広大な格納庫の片隅に電磁拘束されたキャリコは、まるで巨大な鯨の腹の中に呑み込まれたようだった。


 船内のメイン照明は落とされ、非常用の赤いランプだけが、ラウンジにいる二人の姿を薄暗く照らし出している。

 いつもなら絶え間なく響いていた軽快な電子音も、世話焼きなホログラムの姿もない。アルによってシステムをロックされ、シオンとフレデリックは自分たちの船の中に「監禁」されていた。


「……気づけたはずだったのに」


 ソファで膝を抱え、シオンは震える声で呟いた。


「違和感はずっとあったの。アビスマーケットの時も、タルタロスでも……グレイ・ファントムの時だって。アルの行動は、時々……すごく不自然だった」


 彼女は、自分の腕に爪が食い込むほど強く抱きしめた。


「でも、疑いたくなかった。アルは私たちの味方だって、信じきっていたから……目を逸らしてしまった……」


 自分の甘さが、この絶望的な状況を招いてしまった。

 あの時、少しでも疑っていれば。アルをシステムから切り離していれば。

 シオンの悔恨に満ちた声が、静まり返った船内に虚しく吸い込まれていく。


 そんな彼女に対し、フレデリックは何も答えない。

 彼は少し離れた床にあぐらをかき、ただ黙々と手元の作業を続けていた。


 カチャッ、チャキッ……。

 薄暗がりの中、愛銃『タウラス』のシリンダーを回し、布で丁寧にガンオイルを拭き取る音だけが、規則正しく響いている。彼の傍らには、刃こぼれ一つない『斬鬼丸』が静かに横たわっていた。


「……貴方は、悔しくないの?」


 たまらず、シオンは顔を上げた。


「三百年も一緒にいた相棒に……裏切られて、何も思わないの!?」


 フレデリックの手が止まる。

 彼はタウラスをゆっくりと床に置き、シオンの方へ視線を向けた。

 その灰色の瞳には、怒りも悲しみも浮かんでいない。ただ、凪いだ海のように静かだった。


「……悔しい、か。そうだな」


 フレデリックは短く吐き捨てた。


「起きてしまった事は変わらないし、それを嘆いてもこの状況はどうにもならない」

「それは……!」

「シオン」


 フレデリックは低く、けれど穏やかな声で彼女の言葉を遮った。


「この先、後悔しないために今できることをやっておこう」


 そう言うとフレデリックはシオンの腰のホルスターに指をさした。


「手入れの仕方、教えてやるからここに座れ」


 突き放すようでいて、不思議と温かみのある声だった。

 シオンは『ブラック・ガルム』を手に取ると、フレデリックの隣に腰掛ける。


「手入れを怠った銃はいざという時にちゃんと動作しないからな。そいつは特に気まぐれだから、しっかり手入れしてやれ」


 フレデリックはシリンダーの開け方、汚れの拭き取り方を、見本を見せるようにゆっくりとやってみせた。


「ニールの野郎のツラを拝む時が、必ず来る。……その時、こいつがお前の思いを代弁してくれるようにしとかないとな」


 その言葉に、シオンはハッとした。

(……そうね。泣き言を言っている場合じゃないわ)

 自分には、まだ戦う力が残っている。この銃がある。そして何より、隣にはこの頼もしいもう一人の相棒がいるのだ。


 シオンは膝の上に乗った『ブラック・ガルム』の冷たい鋼に触れた。

 震えていた指先から、少しずつ力が戻ってくるのが分かった。


「……ええ。分かったわ」


 彼女は布を手に取り、見よう見まねで銃身を磨き始めた。


 共和国の軍艦は、虚空を滑るように進み続ける。

 行き先は、ニールが待つ共和国の首都星『グリントアーク』。

 静かな闘志と、黒い相棒を胸に抱き、キャリコは決戦の地へ向かう暗闇の旅路をゆく。


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