第四十四話
「そう言えば、刀の記憶を見た時にフレデリックとニール様の出会いも見たの……数百年前のはずなのにニール様の姿も今とまったく変わってなかったわ」
「……呪いを受け彷徨った後、俺は宇宙へ連れ去られ、実験動物にされたんだが……」
フレデリックは話を続けた。
「そこで俺を拾ったのが、ニールだ。……奴は俺の体質を見抜き、『エコーズ』へ勧誘した」
『……500年前のことですね』
「ああ。俺が会った時から、奴の姿は変わっていない」
アルが冷静に確認する。
『以前から推測してはいましたが、これで確定しました。ニール様もまた、マスターと同様に数百年の時を生きています。……ただし、マスターのような「呪い」ではなく、超高度なナノマシン技術による延命措置でしょう』
フレデリックが鼻を鳴らす。
「俺たちは互いに『化け物』だと知っていた。だからこそ、俺は奴の組織を利用して死に場所を探し、奴は自分の目的のため俺を利用した。……死ぬ方法を見つける手助けをする代わりに奴の依頼をすべて受ける、それが俺と奴の契約だったんだ」
シオンは拳を握りしめた。ニールは、ただの政治家でも科学者でもない。フレデリックの孤独を知りながら、それを何百年も利用し続けてきた外道の者だ。
「アビスマーケットでのエコーズの動きや、タルタロスでの介入、カルマンディがフレデリックを操るために使っていた機械……全てがニールの目的につながっているのかもしれない……」
シオンが呟く。
「確証はないが……アイツの権力やこれまでの行動を考えると可能性は高いだろうな」
『……』
シオンの推測にフレデリックも理解を示す中、アルは何も発言はせずホログラムが揺れるだけだった。
その時だった。
ウゥゥゥゥゥゥ――ッ!!
オルトゥージャ全土を揺るがすような、けたたましい警報音が鳴り響いた。
『緊急警報! オルトゥージャ周辺宙域に、大規模な重力震反応!』
アルが叫ぶと同時に、リビングのモニターが真っ赤に染まった。
『この識別信号は……銀河共和国軍、第七機動艦隊です! オルトゥージャが完全に包囲されました!』
オルトゥージャの赤茶けた空を、無数の影が覆い尽くしている。銀河共和国軍、第七機動艦隊。鋭利な鉾のような形状をした巨大戦艦が十数隻、整然とした陣形で惑星を取り囲んでいた。その砲門のすべてが、この地表に向けられている。
「……なんて数なの」
シオンは窓の外を見上げ、息を呑んだ。昼間だというのに、空は鋼鉄の雲で薄暗くなっている。
そこへ、ハッチを激しく叩く音が響いた。エアロックが開くと、息を切らせて長が転がり込んでくる。
「守り神様!英雄殿!」
長は脂汗を流しながら、震える手で携帯端末を差し出した。
「ぐ、軍から通信じゃ! 全周波数で、このオルトゥージャ全土に向けて警告放送が流されとる!」
『――通告する』
端末から流れたのは、感情の一切ない機械的な事務音声だった。
『特A級指名手配犯、惑星レイオン王女シオンおよびその共犯者たちがオルトゥージャに滞在していることは把握している。今すぐにその身柄の引き渡しを命じる。命令を拒否する場合、銀河共和国法に対する重大な反逆行為と見なし、武力による制圧を開始する。繰り返す…』
「……っ!」
シオンが唇を噛む。
「私のせいで……この星のみんなまで……」
タルタロス監獄への侵入、凶悪犯の脱獄幇助。確かに自分たちは法を犯した。だが、それは仲間を取り戻すための戦いだった。それが、罪のない人々を巻き込む戦争の火種になろうとしている。
『……ガレッゾ脱獄の一件が口実になっているのは間違いありません』
アルが冷静に、しかし険しい声音で分析する。
『ですが、異常です。たかだか数名の被疑者を捕らえるのに、正規軍の主力艦隊を動員するなど、コストとリスクが見合っていません……』
「ニールだ」
フレデリックが低く呟いた。彼は窓枠に背を預け、忌々しげに空を埋め尽くす艦隊を睨みつけている。
「タイミングが良すぎる。俺たちがオルトゥージャにいる時を狙って包囲した。……俺の回復を待っていたのか、あるいは他の理由でこのタイミングを狙っていたのか……」
「ニールが裏で手を回していた……」
シオンの中で疑念が確信へと変わっていく。そして、信じたくないもう一つの可能性が頭にちらつき始めていた。
その時だった。キャリコ号の外が、にわかに騒がしくなった。怒号。歓声。そして、地響きのような足音。
「な、なんだ?」
フレデリックたちがタラップを降りて外に出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
武器を手にしたオルトゥージャの民たちが、キャリコ号を取り囲むように集結していたのだ。採掘用ドリルを構えた男たち。改造ライフルを背負った若者たち。その先頭には、先ほど刀を直してくれた職人の姿があった。
「おう、英雄様! それにお嬢さんも!」
フレデリックの刀を修復してくれた職人が巨大なスパナを振り上げて叫んだ。
「心配すんな! あの共和国のクソ共に、オルトゥージャの意地を見せてやる!」
「そうだ! 俺たちの守り神と英雄、それにこんな可愛いお嬢ちゃんを売れるか!」
「全面戦争だ! 地上からの対空砲火で、あのすかした船を撃ち落としてやる!」
民衆たちの熱気は最高潮に達していた。彼らにとって、アルは星を救った神であり、フレデリックとシオンは希望の象徴だ。脅しに屈して恩人を売るくらいなら、玉砕覚悟で戦う。それが、この辺境の星で生きる者たちの流儀だった。
「みんな……」
シオンの瞳が潤む。嬉しい。心が震えるほどに。けれど、だからこそ、彼らを死なせるわけにはいかない。
「ありがとうございます……!」
シオンは一歩前に進み出ると、凛とした声で語りかけた。その声は、喧騒を静まらせる不思議な響きを持っていた。
「貴方たちの気持ちは、本当に嬉しい。……でも、武器を下ろしてください」
「何故だお嬢ちゃん!?」
「これは私たちの戦いなの。貴方たちを巻き込んで、この美しい星が焼かれるのを私は見たくない」
シオンは深く頭を下げた。
「お願いします。……私たちに任せてください」
静寂が流れる。やがて、職人が悔しそうに顔を歪め、スパナを下ろした。
「……ちっ。わかったよ。お嬢ちゃんがそこまで言うなら……俺たちが手出しすることじゃねぇ」
民衆たちが道を空ける。その間を、三人は堂々と歩いていく。
「泣かせるじゃないか」
フレデリックがニヤリと笑い、シオンの肩を叩いた。
「……茶化さないでよ」
「で、どうする、何か策はあるかポンコツ?」
フレデリックは全幅の信頼を置く相棒に起死回生の策といつもの軽口を期待して問いかけるが。
『……』
「アル……?」
反応のないホログラムにシオンが恐る恐る声をかける。
シオンは自身の中でおし留めていた疑念や不安が一気に吹きあがってくるのを感じた。
『ニール様の命令です、シオン・エルメリア・レイオン及び、フレデリック・ハーヴェンハイト。両名は武装解除し直ちに投降しなさい』
そこに二人のよく知る相棒は居なかった。




