第四十三話
キャリコ号、リビングルーム。普段は賑やかなこの場所も、今は重苦しい沈黙に包まれていた。
「……どうぞ、シオン様。ハーブ入りのミルクティーです。精神を安定させる効果があります」
アルが操るドローンが、湯気の立つマグカップをテーブルに置いた。サブシートに深々と体を埋めたシオンは、震える手でそれを包み込むように持ち、一口すすった。温かさが喉を通り、冷え切った内臓に染み渡っていく。
「……ありがとう、アル」
ほう、と白い息を吐く。記憶の奔流に晒され、混乱していた意識が、ようやく輪郭を取り戻しつつあった。
向かいのソファには、フレデリックが座っている。彼は腕を組み、難しい顔で床の一点を見つめていた。その表情は、いつもの飄々としたものではなく、苦渋に満ちたものだった。
『シオン様、落ち着かれましたか?』
アルのホログラムが心配そうに覗き込む。
『先ほど、貴方のバイタルが異常値を示していました……』
「……ええ」
シオンは頷き、自身の掌を見つめた。
「あの刀に触れた瞬間、流れ込んできたの。……多分……フレデリックの過去の記憶が」
シオンは、自身が見た光景をポツリポツリと語り始めた。初めて見る惑星の風景。ミコトという姫巫女。ゲンタツと呼ばれた剣士との愛と、悲劇的な別れ。そして、星を飲み込んだ灰色の呪い。
アルは静かに聞き入り、やがて納得したように頷いた。
『なるほど……。シオン様の「再構築」の能力は、物質の構造だけでなく、そこに残留する「想い」すらも読み取り、脳内で再生させたのですね』
「……そういうことなんだろうな」
重い口を開いたのは、フレデリックだった。彼はアルの言葉を肯定するように頷き、天井を仰いだ。
「この刀は俺が不死の呪いを受ける前から使ってるものだ……俺の生きた時間が刻みつけられていてもおかしくはない」
「ゲンタツ(源辰)。……それが貴方の本当の名前なのね」
シオンの言葉に、フレデリックは静かに目を閉じた。
「ああ。アルにも話していなかった。……いや、話せなかったんだ」
フレデリックは自嘲気味に笑った。
「命を懸けて守ると誓ったのに、守るべき人……ミコトを見殺しにした上、アイツが命を懸けて守ろうとしたものを全て壊してしまったんだ……」
「せめて一緒に死にたかった……でも、それも許されず、死ぬ方法だけを求めてこれまで生きてきた……」
アルが複雑な表情でデータを処理する。
『何度か私と出会う前の経歴を質問したことはありますが、いつもはぐらかされていたので……まさか、不死の力を得た経緯がこんなに残酷なものとは……』
「死ねないことを祝福だの奇跡だの言うやつらがいるが、そんなのは幻想だ……これは永遠に終わらない地獄そのもの……俺はただ……大切な人と人生を全うしたかっただけなんだ……」
フレデリックの独白に部屋の空気が凍りつく。不老不死。それは以前から知っていた事実だ。だが、その起源が愛する者を犠牲にして得た「罪」だったという真実は、あまりにも重すぎた。
「……だから、驚いたんだ」
フレデリックが視線をシオンに向けた。
「あのレイオンで……シオンの顔を初めて見たとき……心臓が止まるかと思ったよ」
「私が似ていたから……? ミコトさんに……」
「……ああ、その通りだ」
シオンは息を呑んだ。両親とレイオンを失った日の記憶が蘇る。彼はあの時、ただの任務として動いたわけではなかったのだ。かつて守れなかった大切な人の面影を見たからこそ任務を引き受け、これまで私を守ってくれていたのだ。
『……合点がいきました』
アルがポンと手を打つ。
『あの時のログを見返しましたが、マスターの心拍数が異常なスパイクを記録しています。当時は戦闘による興奮かと誤認していましたが……あれは、ミコト様の幻影をシオン様に見たからだったんですね』
「うるさい、ポンコツ」
フレデリックはシオンの前まで移動し真っ直ぐに見つめた。
「最初はミコトの面影を追っていたかもしれない。だが、今は違う。……お前はお前だ、シオン。俺はお前の強さと優しさに救われたんだ」
「フレデリック……」
シオンの胸が熱くなる。
フレデリックの瞳には、深い悲しみと、それ以上の強い意志が宿っていた。
「これはミコトを守れなかった俺が背負うべき罪だ。……だから、これ以上お前を巻き込むことはできない」
「違うわ」
即答――シオンもまた、立ち上がった。彼女の脳裏には、あの白い空間でミコトが残した最期の言葉が焼き付いていた。
――誰か彼を……ゲンタツを解放して……。
あれは、ただ死なせてほしいという意味ではないはずだ。過去の呪縛から、自責の念から、彼を解き放ってほしいという願い。
「フレデリック。貴方は罪だと言うけれど……私はそうは思わない」
シオンはフレデリックの手を取り、強く握りしめた。
「貴方が生きていてくれたから、私は救われた。貴方の命は、呪いなんかじゃない。……私にとっては希望なの」
「シオン……」
「ミコトさんも、貴方に罪を背負ってほしいなんて思ってない……彼女ならきっとあなたの幸せを願うと思う」
シオンは決意を込めて言った。
「だから……貴方一人で背負いこまないで……だって私は貴方の相棒だから」
シオンの言葉がフレデリックの心の中で停滞していた何かを動かした……そんな気がした。
「……ああ」
フレデリックの手が、シオンの手を握り返す。
「面倒をかけるがよろしく頼む、俺のもう一人の相棒」
二人の間に、迷いはなかった。全ての真実は共有された。あとは、脅威を退け前に進むのみ。




