第四十二話
そこからの記憶は、断片的な地獄だった。
数十年もの間、誰もいない灰色の星を彷徨い歩く男。
ある日、空が割れ、宇宙船が降りてくる。
救助ではない。未知の生命体サンプルとしての捕獲。
冷たい実験台。
何度も体を切り刻まれ、臓器を抜かれ、それでも再生してしまう肉体。
「検体名:不死者」
エイリアンたちの無機質な声。
そして、爆発。
黒い特殊部隊が研究所を制圧する。
硝煙の中から現れたのは、聖人のように優しい眼差しの中に狂気を孕む男――ニール・E=ターメル。
今と変わらぬ姿にシオンは驚きを隠せなかった。
単純計算でも数百年前の記憶を自分は見ているはず……それなのにフレデリックと同じようにニールもまた、姿かたちが変わっていなかったのだ。
「……大丈夫かい?安心したまえ、君を助けに来たんだ」
ニールは実験台に縛り付けられたゲンタツを見下ろし、不気味なほど優しく微笑んだ。
「君の力を貸してほしいんだ。私と共に……人類を救う方法を探してほしい」
そうして男は、名前を捨て、過去を捨て、刀と銃を手に、自分を殺す方法を求めて銀河を旅する…。
それが、刀に残されたゲンタツ――フレデリックの壮絶な半生だった。
*
記憶の奔流が途絶え、シオンの意識は深い闇の底から浮上していく。
だが、完全に覚醒する直前。
視界が、眩いほどの純白に染まった。
「……ここは?」
何もない、真っ白な空間。
そこに、一人の少女が佇んでいた。
緋色の袴に、純白の小袖。
先ほどの記憶の中で見た、あの姫巫女――ミコトだ。
彼女は悲しげな瞳で、遠くを見つめていた。
その視線の先には、何もない。けれど、彼女はずっと、時を超えて誰かを想い続けているようだった。
「あの……」
シオンが声をかけようとした、その時。
ミコトがゆっくりと、祈るように両手を組んだ。
「誰か……」
鈴のような、けれど消え入りそうな声が響く。
「彼を……ゲンタツを……解放して……」
それは、呪いをかけてしまった自分自身への懺悔か。
それとも、愛する男を永遠の苦しみから救ってほしいという、魂からの願いか。
「待って、貴女は……!」
シオンは叫び、彼女へと手を伸ばした。
伝えたいことがあった。聞きたいことがあった。
貴方の愛した人は、今、私の傍にいると。
彼を救うためにはどうすればいいのかと。
けれど、指先が触れる寸前。
ミコトの姿が光の粒子となって弾けた。
ドクンッ!!
強烈な鼓動と共に、白い世界が砕け散る。
感覚が急速に戻ってくる。
機械油の匂い。工場の熱気。
「おい、シオン!? 大丈夫か!?」
すぐ耳元で、焦ったような声が聞こえた。
シオンはハッと目を開けた。
目の前には、心配そうに顔を覗き込むフレデリックの顔があった。
義手の左腕で、倒れかけたシオンの体を支えている。
数百年にも及ぶ時間の旅は、現実世界では数秒の出来事だったらしい。
だが、シオンの心には、数百年の重みと、あの少女から託された願いが深く刻み込まれていた。
「……っ、う……」
フレデリックの顔を見た瞬間、溢れ出る涙を抑えることができなかった。
彼の痛み。孤独。
そして、あの灰色の世界で叫んだ絶望が、シオンの胸を締め付ける。
「おい、どうした? どこか痛むのか?」
フレデリックが狼狽する。
シオンは震える唇を開いた。
彼が誰にも明かさず、歴史の闇に葬り去ったはずの、その名前を呼ぶ。
「……ゲンタツ……」
フレデリックの表情が凍りついた。
その瞳が、驚愕に見開かれる。
封印された真名を突きつけられ、彼は時が止まったかのように立ち尽くした。




