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XROSSPHERE~クロスフィア〜蒼の王女と不死身の剣士  作者: 東山小月
第八章:『帰還、始まりの記憶』
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第四十一話

 気がつくと、シオンは木の床の上に立っていた。

 鼻をくすぐるのは、芳しいお香の香り。

 自身の体を見下ろすと、半透明に透けている。まるで幽霊だ。


(ここは……どこ?)


 視線を上げると、そこは厳かな神殿の内部のようだった。

 祭壇の前で、一人の少女が背を向けて祈りを捧げている。

 純白の小袖に、緋色の袴。流れるような黒髪。


「……ミコト様」


 傍に控えていた従者が声をかけると、少女はゆっくりと振り返った。


(っ……!?)


 シオンは息を呑んだ。

 その顔立ちは、自分と瓜二つだったのだ。

 いや、シオンよりも少し儚げで、ガラス細工のような繊細さを纏っている。けれど、その瞳に宿る芯の強さは、鏡を見ているかのような錯覚を覚えるほどだった。


「ゲンタツ殿がお見えです」

「わかりました」


 ミコトと呼ばれた少女は、祭壇に祀られていた刀――『斬鬼丸』を手に取り、静々と歩き出した。

 シオンも吸い寄せられるようにその後を追う。

 社の外に出ると、そこには紺碧の羽織を纏った一人の若き剣士が、砂利の上に平伏していた。


「ゲンタツ。おもてを上げなさい」


 凛とした声に応じ、剣士が顔を上げる。


「はっ」


 その顔を見て、シオンはさらに驚愕した。

 精悍な顔つき。今よりも若く、目に宿る光は純粋で真っ直ぐだ。

 義手もない。髪型も違う。けれど、それは間違いなくフレデリックだった。


(フレデリック……? どういうこと……)


「ゲンタツ、今日より貴方を近衛剣士に任命します」


 ミコトは祈祷の済んだ刀をゲンタツに手渡し、厳かに、でもどこか優しく告げる。


「御意…。この命に代えてもミコト様をお守りすると誓います」


(もしかすると…ここは……)


 シオンは悟った。

 これは、あの刀に焼き付いた記憶。

 自分は今、彼の魂の原風景を見ているのだと。


 そこから、景色は早送りのように流れていった。

 この星には『星命力せいめいりょく』と呼ばれる特殊な力が満ちており、ミコトはその力を操る「姫巫女」であること。

 そしてゲンタツは彼女の幼馴染であり、互いに想いを寄せながら、近衛剣士として常に彼女を守る存在だった。


 しかし、平和な日々は、唐突に終わりを告げた。

 強大な軍事力を持つ隣国が侵略を開始したのだ。

 圧倒的な戦力差の前に、国は滅亡の危機に瀕する。

 敵国が出した和平の条件はただ一つ。姫巫女ミコトを、生贄として差し出すこと。


「ならぬ! 徹底抗戦だ!」


 ゲンタツたち忠臣は猛反発した。

 だが、ミコトは首を横に振った。


「私の命一つで民が助かるなら、安いものです」


 彼女は気丈に振る舞い、自ら敵軍へと投降した。ゲンタツの慟哭を背にして。


          *


 敵国の本土。巨大な石造りの祭壇。

 禍々しい詠唱が響き渡る中、ミコトは磔にされていた。

 目的はわからない…ただ、直感で彼女の力を吸いだすための儀式であることはわかった。


「うおおおおぉぉぉぉッ!!!」


 そこへ、一人の男が怒り狂う猛獣のように飛び込んだ。

 ゲンタツ……フレデリックだ。

 単身で敵陣に切り込み、愛する女性を救うために修羅と化した。

 だが、多勢に無勢。

 敵の精鋭騎士たちに囲まれ、体中を切り刻まれていく。


「ぐ、がぁっ……!」


 一瞬の隙を突かれ、敵の刃が閃いた。


 ドサッ。


 鮮血と共に、ゲンタツの左腕が宙を舞い、地面に落ちる。


「ゲンタツ!!」


 ミコトの悲痛な叫びが響く。

 ゲンタツは片腕を失い、血まみれになりながらも、右手の『斬鬼丸』を杖にして立ち上がった。


「ま……だだ……! ミコトは……渡さん……ッ!」


 しかし、儀式は最終段階へと移行していた。

 術者が魔法陣を展開し、波打つような形状の儀式用短剣を振り上げる。

 狙うはミコトの心臓。


「やめろぉぉぉぉぉッ!!」


 ゲンタツが吼えた。

 限界を超えた脚力で地面を砕き、祭壇へと跳躍する。

 間に合え。間に合ってくれ。

 その願いだけを乗せて、彼は術者とミコトの間に体を割り込ませた。


 ズプッ。


 鈍い音が響いた。

 ミコトの目の前で、ゲンタツの背中から、どす黒い刃が突き出していた。

 心臓を、一突き。

 即死の傷だ。


「……ゲ……ン…タツ…?」


 ミコトの時が止まる。

 その瞬間。

 ミコトの命を喰らうはずだった魔法陣が、心臓を貫かれたゲンタツの血を吸い、暴走を開始した。


 カッッッ!!!!


 視界を焼き尽くすほどの光の柱が、天へと突き抜けた。


          *


 世界が、静寂に包まれた。

 どれくらいの時間が経過しただろうか…光が収束した後、そこは色のない「灰色」の世界だった。

 原因は分からない…敵兵も、術者も、空も、大地も。すべてが灰のように色褪せ、生命反応が消滅していた。

 たった一人、心臓を貫かれたはずのゲンタツだけを残して。


「……あ……」


 ゲンタツが震える手で、目の前を見る。

 磔にされていたミコト。

 彼女の体の半分が、光の粒子となって崩れ始めていた。


「ミコト……! ミコト!!」

「……ゲン、タツ……」


 彼女は優しく微笑んだ。


「生きて……」


 サラサラと音を立てて、最愛の人が崩れ去る。

 血まみれの手が空を切り、灰色の空を掴んだ。


「あ……ああ……」


 ゲンタツは、自分の胸を見た。

 突き刺さった短剣が抜け落ち、心臓の傷が、ありえない速度で再生していく。

 彼女の命をすべて彼が吸い込んでしまったかのように。


「うああああああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


 絶望の絶叫だけが、死に絶えた灰色の星に木霊した。


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