第四十話
槌音が響くオルトゥージャの工業区画。あちこちから蒸気が噴き出し、金属を加工する火花が散る中、シオンたちは一軒の工房を訪れた。
「こんにちは叔父様、先日お預けしたものを受け取りに来ました!」
シオンが声をかけながら中に入ると、熱気とオイルの匂いが漂う作業場の奥から、溶接用ゴーグルを額に上げた屈強な技師が現れた。岩のように厳つい男だ。
「おう、お嬢さん、やっと起きたか英雄殿。……それに守り神様もご一緒で」
職人は、ぶっきらぼうながらも、その表情をクシャリと緩めて笑った。
「街中が英雄様の復活を待ってたんだ。……よく戻ってきてくれた」
「心配かけたな。……で、俺の商売道具はどうだ?」
「どんな戦い方をすればあそこまでボロボロになるんだ……壊れてないのが不思議なくらいだ」
職人は悪態をつきながらも、その手つきは繊細だった。彼が作業台から取り出したのは、特殊な強化樹脂のケースに収められたフレデリックの装備一式。どれも新品のような輝きを取り戻していた。
「……さすがだな」
フレデリックが少年のように目を輝かせた。
「感謝する…俺の命だ。」
フレデリックは義手を装着して動きを確かめつつ、リボルバー、そして刀と腰のホルスターに装備していく……その時。
「っ……!」
フレデリックの指先が、不自然に痙攣した。治療直後の影響か、あるいは一時的な神経伝達のラグか。彼の手が空を切り、手に取ったはずの『斬鬼丸』が手から滑り落ちそうになる。
「あぶないっ!」
シオンが反射的に動いた。地面に落ちる寸前、シオンの両手が刀の鞘をガシッと掴み取る。
「……すまん、シオン。まだ体の感覚が戻りきってないみたいだ」
「もう、気をつけてよ。せっかく直してもらったのに……」
シオンは安堵の息をつき、フレデリックに刀を渡そうと柄を掴んだその時ーードクンッ!
「え……?」
違和感を感じた瞬間、シオンの心臓が跳ねた。全身の血液が沸騰するような熱さが駆け巡る。フレデリックを助けた時と同じ再構築による力の奔流。刀に染み付いた強烈な「思念」がシオンの力と共鳴しこの現象を引き起こしたのだ。
カッ!!
刀をつかんだシオンの手から、眩いばかりの青白い光が溢れ出した。
「な、なんだぁ!?」
職人が驚いて後ずさる。
『シオン様!? バイタル数値が急上昇! それにこれは……観測データにない反応!?』
アルの警告音が響く中、シオンの視界が急速に歪んでいく。
無骨な工房の風景が、フレデリック達の姿が、ノイズのようにざらついて消えていく。代わりに流れ込んできたのは、圧倒的な質量の「感情」。悲しみ、後悔、そして――愛おしさ。この刀が数百年もの間、吸い続けてきた持ち主の魂の叫びが、シオンの脳内に直接叩き込まれる。
(なに……これ……?)
立っていられない。膝から力が抜け、シオンはその場に崩れ落ちた。だが、手は刀を離さない。いや、刀がシオンを離そうとしない。
「おい、シオン!? しっかりしろ!!」
フレデリックが駆け寄り、シオンの肩を揺さぶる。その声が、まるで深い水底にいるかのように遠く、くぐもって聞こえる。
(フレデ……リック……?)
視界が白く染まる。オルトゥージャの機械音も、フレデリック達の声も、全てが遠ざかっていく。意識が肉体から引き剥がされ、時空を超えた彼方へと吸い込まれていった。
*
チチチ、チチチ……。鳥のさえずりが聞こえる。頬を撫でる風は、機械油の匂いではなく、湿った土と緑の匂いがした。
「……ん……」
シオンはゆっくりと目を開けた。眩しい光に目を細める。そこは、オルトゥージャの工房ではなかった。採掘用重機も、金属のパイプもない。
目の前には、鬱蒼とした森に囲まれた、朱色の建造物。巨大な二本の柱に縄が張られた不思議なアーチが立っている。そして、その奥には、木造の古びた社が鎮座していた。
「ここは……どこ……?」
シオンは呆然と立ち尽くす。見たこともないけれどなぜか懐かしさを感じる、遥か昔、どこかの星の風景の中に彼女はいた。




