第三十九話
「そういえば……俺の装備はどこにいった……?まさかカルマンディに破棄されて……」
フレデリックは左腕の義手や刀とリボルバーがないことに気が付き、焦ったように確認する。
「安心して。オルトゥージャの職人さんに預けてあるわ」
シオンが答える。
「義手も刀も銃もボロボロだったから。……『英雄の装備は俺が新品同様に修理してやる』って、職人さんが張り切っていたわ」
「そうか、そいつはありがたい」
フレデリックは安心すると、シオンの腰にあるものに目を留めた。彼女のホルスターに収まっている、黒い大型リボルバー。かつて彼が愛用した「ブラック・ガルム」だ。
「……シオン」
フレデリックが静かにその銃を見つめる。シオンはハッとして、慌ててホルスターからリボルバーを抜いた。
「あ、そうだったわ。……はい、フレデリック。これ、勝手に借りてしまってたけど……」
シオンが両手で差し出す。フレデリックは無言でそれを受け取った。
ずしりとした黒鉄の重み。指に馴染んだグリップの感触。彼は懐かしそうに銃身を眺め、親指で愛おしそうにシリンダーを撫でた。数えきれないほどの戦場を共にし、硝煙を吸い込んできた古き友。
「…………」
しばしの沈黙の後、フレデリックはふっと口元を緩めた。そして、グリップをシオンの方へ向けて、差し出したのだ。
「え……?」
シオンが戸惑う。
「こいつは、お前にやる」
フレデリックは穏やかな声で言った。
「あの実験場で、お前が引き金を引いた時……俺には見えたんだ。その銃が、お前の意志に応えて蒼く輝くのを」
「でも、これは貴方の相棒じゃ……」
フレデリックはニヤリと笑った。
「俺にはもう……ポンコツ特製のあの『タウラス』がある」
『おや、ポンコツ呼ばわりですが、私の設計した銃を信頼してくださるのですか?』
アルが嬉しそうに茶々を入れる。
「フン、威力だけは認めてやるよ。……それにこいつは俺よりもシオンの方がお気に入りみたいだからな」
フレデリックは真剣な眼差しでシオンを見据えた。そこにはもう、庇護すべき「子供」を見る目はなかった。背中を預けるに足る、一人の「戦士」を見る目だ。
「受け取れ、シオン。……これからは、お前がこいつで自分の道を切り拓くんだ」
シオンは震える手で、再び黒いリボルバーを受け取った。彼の手から渡された温もりが、グリップに残っている。これは、彼からの信頼の証。そして、自分が背負うべき覚悟の重さだ。
「……わかったわ」
シオンは力強く頷き、しっかりとホルスターに収めた。
「私の背中は貴方に預ける。……その代わり、貴方の背中は私が守るわ」
「ハハッ……頼もしい限りだ」
フレデリックは満足げに笑い、拳を突き出した。シオンもまた、小さな拳を突き出し、コツンと合わせる。言葉はいらなかった。硝煙と血の中で結ばれ直した絆は、以前よりも強く、硬く、輝いていた。
「よし」
フレデリックがカプセルから降り、大きく伸びをした。
「そうと決まれば……まずは腹ごしらえだな」
彼は腹をさすりながら、真顔で言った。
「腹が減った。……何か、うまいものが食いたい」
「えっ……?」
シオンが目を丸くする。アルのホログラムも、ノイズが走るほどに固まった。
『……マスター? 聴覚センサーの故障でしょうか? 今、「うまいもの」と仰いましたか?』
「あ? 言ったぞ。なんだその顔は」
「だ、だって……」
シオンが戸惑いながら指摘する。
「貴方、食事なんて『栄養が摂れれば泥でもいい』って言ってたじゃない。いつも不味いペレットばかり食べて……」
「泥とは言ってない……気が変わったんだよ」
フレデリックは少しバツが悪そうに鼻をかいた。
「よくわからないが、いつもの…死んで戻ったあとより気分がいいんだ。……不味いもんで満たすのは勿体ない気がしてな」
その言葉に、シオンはぱぁっと表情を輝かせた。
「ふふっ、そうね! その通りだわ!」
シオンはフレデリックの手を引いて歩き出した。
「行こう、フレデリック! この街には美味しいお店がたくさんあるの! 最高の復帰祝いをしましょう!」
『賛成です! マスターの味覚中枢が正常化した記念日として記録しておきます!』
「うるさいぞ、ポンコツ」
軽口を叩き合いながら、三人は病室を出る。その先に待ち受ける、彼の「過去」という名の扉が開かれるとも知らずに。




