第三十七話
実験場を見下ろすラウンジは、異様な熱気に包まれていた。
カルマンディは、震える手で顔を覆っていたが、その顔にはいつもの冷徹なビジネスマンの仮面はなく、欲望に塗れた醜悪な笑みが張り付いている。
「素晴らしい……! 見たか、今の光を!?」
彼はモニターに表示されたデータを食い入るように見つめた。
「破壊ではない、これは……再構築だ! あの娘の『蒼い炎』は、ただのエネルギー兵器ではない。物質の構成情報を書き換え、修復すら可能にする『神の御業』だ!」
カルマンディは叫んだ。
「これは兵器だけにとどまらない……!全ての事象を覆すアルゴリズムだ! 不死身の肉体を持つフレデリックと、物質を破壊し再構築するシオン……この二人が揃えば、どんなビジネスも可能だ!我が組織に恐れるものなどない!!」
彼は振り返り、呆然としている研究員たちに怒鳴った。
「何をボサッとしている! データのバックアップを取れ! 1バイトたりとも漏らすな! 警備班、突入せよ! あの二人は金の卵だ、絶対に殺さずに生け捕りにしろ!」
欲望が彼を突き動かしていた。
莫大な富。無限の権力。それらが今、手の届く場所にある。
あまりの興奮に、彼は気づかなかった。
背後のドアが、電子ロックを無理やり焼き切られて開いたことに。
そして、そこから這い出てきた「死んだはずの男」が、血まみれの手で銃を握っていることに。
「……最高の瞬間に、水を差すんじゃねぇよ」
地獄の底から響くような、怨嗟の声。
「な……?」
カルマンディが振り返る。
その視界に映ったのは、血まみれの状態で立ち尽くすガレッゾの姿と、銃口だった。
ズドンッ!!
乾いた銃声と共に、カルマンディの額が弾けた。
驚愕の表情のまま、彼の身体は後ろへ吹き飛び倒れこんだ。
即死だった。
悲鳴を上げて逃げ惑う研究員たちにも、ガレッゾは容赦なく鉛弾を浴びせていく。
*
兵器実験場にいたシオンはハッと顔を上げた。
「銃声……?」
フレデリックはまだ意識が朦朧としている。シオンは彼を安全な瓦礫の陰に寝かせると、黒いリボルバーを片手に階段を駆け上がった。
ラウンジ内の様子を伺う。
そこには、死屍累々の光景が広がっていた。
額を撃ち抜かれたカルマンディ。蜂の巣にされた研究員たち。そして、中央のメインコンソールには何発もの弾痕が穿たれ、データバンクが物理的に破壊され火花を散らしている。
その中心で、一人の男が壁にもたれかかって座り込んでいた。
「ガレッゾ……」
シオンは銃を下ろした。
彼の胸の傷は致命的だった。床にはおびただしい量の血溜まりができている。もう助からないことは明白だった。
ガレッゾは虚ろな目でシオンを見上げ、血の泡を吐きながらニヤリと笑った。
「……へっ、遅かったな、王女様」
「どうして……」
シオンは問いかけた。
「貴方は金のために動いていたはずでしょう。なぜ、データを壊したの? あれがあれば、貴方も一生遊んで暮らせたかもしれないのに」
「知るかよ……」
ガレッゾは震える手で、懐から煙草を取り出そうとして、取り落とした。
「俺はな……あの気取った野郎が、俺たちを道具扱いするのが気に食わなかっただけだ。……てめぇらへの貸しじゃねぇぞ」
彼は呼吸を荒げ、天井を見上げた。
「これが……悪党なりのケジメってやつだ。……へへっ、……ざまぁみやがれ……」
ガクン、と彼の首が落ちた。
その顔は、どこか満足げな表情だった。
シオンは静かに彼を見下ろした。
同情はない。彼はレイオンの人々を苦しめ、シオンの両親を奪った仇だ。その罪が消えることはない。
けれど。
「……貴方のその意地だけは、覚えておくわ」
シオンは短く告げ、彼に背を向けた。
その時だった。
ウゥゥゥン……。
低い駆動音と共に、要塞内の照明が一斉に赤から緑へと切り替わった。
そして、脱出経路を残し、扉が次々とロックされていく。
『シオン様ご無事ですか!?システム掌握完了しました!マスターは……?』
スピーカーから、アルの慌てた声が響いた。
「……ええ」
シオンはラウンジの生き残ったモニターを確認し相棒に答えた。
「私もフレデリックも無事よ。……全部、終わったわ」
完璧だった。
あまりにも、完璧すぎるタイミングだった。
カルマンディが死に、データが失われ、ガレッゾが口を閉ざした、その瞬間にシステムを掌握するなんて。
(まるで、こうなるのを待っていたみたいに……)
冷たい疑念が、シオンの背筋を這い上がった。
だが、シオンは首を振ってその思考を打ち消した。アルは命懸けでハッキングしてくれたのだ。疑うなんて、どうかしている。
今は何よりも、傷ついたフレデリックを連れて帰らなければ。
「アル、キャリコを回して。……みんなで帰りましょう」
シオンは笑顔を作ってそう告げると、倒れているフレデリックの元へと駆け戻っていった。
今は大切な相棒を救出できたことを素直に喜ぼう……そう、それでいい……今はそれで。




