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XROSSPHERE~クロスフィア〜蒼の王女と不死身の剣士  作者: 東山小月
第七章:『再会、思いを乗せて』
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第三十四話

 ズドンッ!!


 フレデリックが放った二発目の銃弾が、シオンの頬を掠めて後方の機材を火花と共に吹き飛ばした。


「くっ……! やめて、フレデリック!」


 シオンは床を転がり、遮蔽物となる兵器の残骸の陰に滑り込む。


 頬に熱いものが伝う。浅い掠り傷だが、鮮血が滲み出た。


 ズルッ、ズルッ……。


 足を引きずる音が近づいてくる。


「嘘よ、こんなの……」


 シオンは残骸の縁から顔を出し、自身の相棒の姿を見つめた。

 フレデリックの動きは、長期間の拘束と薬物投与によって肉体は衰弱し、意識も混濁しているのだろう。

 その姿はまるで「幽鬼」そのものだった。

 生きているのか死んでいるのかわからない、ゆらりとした不安定な動き。それでいて、殺戮の動作だけが体に染み付いており、正確無比にシオンの急所を狙い続けてくる。


 腐っても、彼は「不死身の剣士」だ。

 無駄のない射撃姿勢、こちらの退路を塞ぐような位置取り。その全てが、これまでの戦いでシオンが何度も背中越しに見てきた、歴戦の戦士の動きそのものだった。


(どうすればいいの……!?)


 シオンの腰には、自分を守るための黒いリボルバー『ブラック・ガルム』がある。

 抜けば、撃てる。

 だが、指が震えてグリップを握れない。

 撃てるわけがない。相手はフレデリックなのだ。自分をここまで守り導いてくれた、かけがえのない恩人であり、唯一無二の相棒なのだ。


 チャキッ。


 弾切れになったリボルバーを捨て、刀を手に迫る。


 カィィィン!


 一閃。シオンが隠れていた残骸が、いとも簡単に切断され、鋼鉄の刃が、シオンの目の前数センチを通過する。


「うぅ……ぅ……あ……」


 ヘッドギアの奥から漏れる、呻くような声。

 言葉はない。意思もない。ただ、プログラムされた殺意に従い、フレデリックが剣を構えて距離を詰めてくる。その瞳は虚ろで、焦点が合っていない。まるで悪夢の中を彷徨っているようだ。


「目を覚まして! 私よ、シオンよ! 貴方の守るべき相手は私じゃなかったの!?」


 その言葉に、フレデリックの動きが一瞬、ピクリと止まった。

 ヘッドギアの隙間から見えるこめかみ付近で、バチバチと青白い電気火花が散る。


「ぐ、ぁ……ぅぅ……!」


 苦悶の声。彼の脳内でシステムが強制的に命令の上書きを行っているのだ。自我が抵抗し、それを機械が無理やり捻じ伏せようとしている。

 再び殺意の人形と化した男が、幽鬼のような不気味さで迫ってくる。


 ヒュンッ!


 横薙ぎの一閃。シオンは反射的にしゃがみ込んだが、避けきれない。


 ザシュッ。


 左腕のジャケットが裂け、二の腕に赤い筋が走る。


「ぐっ……!」


 痛みに顔をしかめながらも、シオンは後ろへ跳ぶ。

 反撃できないシオンは、ただひたすら回避に専念するしかなかった。

 刃が振るわれるたびに、シオンの体に新しい傷が増えていく。太もも、脇腹、肩。致命傷は避けているが、出血はじわじわと体力を奪っていく。


(私が……私がやらなきゃ……!)


 心の中で叫ぶ。

 アルはいない。誰も助けに来ない。

 たった一人で、この絶望に向き合わなければならない。


 シオンはフレデリックの剣撃を潜り抜け、彼の腕を掴んで制止しようとした。

 だが、びくともしない。痩せ細っていても、その剣士の筋力はシオンとは比べ物にならない。

 逆に腕を掴み返され、そのまま実験台の金属テーブルに叩きつけられた。


「がはっ……!」


 背中を強打し、肺の空気が強制的に排出される。

 シオンはテーブルの上で身動きが取れなくなった。

 その上に、フレデリックが覆いかぶさる。


 間近で見る彼の顔。

 無機質なヘッドギアの下、見開かれた瞳孔が、激しく揺れ動いているのが見えた。

 彼は泣いていた。


 ギギギ、と音を立てて、剣を持った手が持ち上がる。

 シオンの心臓を貫くために。

 だが、その手は激しく痙攣し、なかなか振り下ろされない。


「……ぅ、ぁ……やめ……ろ……」


 フレデリックの口から、微かな、しかしはっきりとした言葉が漏れた。

 それは、シオンに向けられたものではなかった。

 彼自身の体を操る、抗いがたい強制力への抵抗の声。


「……ミコ……ト……」


 シオンは息を呑んだ。

 ミコト。

 聞いたことのない名前。だが、その響きに含まれた万感の思い――愛おしさと、そして底知れぬ後悔の色が、シオンの胸を締め付けた。


 フレデリックの混濁した意識の中で、過去と現在が混線していた。

 目の前にいる銀髪の少女の姿が歪み、かつて彼が失った大切な女性の幻影と重なり合う。


 ――ああ、まただ。

 ――俺はまた、大切な人をこの手で傷つけている。


 フレデリックの精神が、罪悪感で引き裂かれる。

 ヘッドギアがスパークし、彼の脳を焼く。


「あ……あぁ……!」


 獣の咆哮のような、悲痛な叫び。

 剣を持つ手が、ガクガクと震えながら、それでもゆっくりとシオンの胸へと近づいていく。


「殺し……て……くれ……」


 フレデリックの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ち、シオンの頬を濡らした。


「頼む……俺を……殺して……くれ……ミコ…ト……!」


 彼は懇願していた。

 目の前の少女を過去の亡霊と重ね合わせ、自身の断罪を求めていた。


「ちがう……」


 シオンは傷だらけの手を伸ばし、フレデリックの冷たい頬に触れた。


「私はミコトじゃない……私はシオンよ。貴方の相棒よ……!」


 だが、その声は届かない。

 虚ろな瞳から最後の光が消え、刃が振り上げられる。

 シオンの心臓を貫くために。


 避けられない。防げない。

 シオンは死を覚悟した。

 だが、それ以上に――


(嫌だ……!)


 このまま彼が、自分を殺したという事実を背負って、完全に壊れてしまうことが、何よりも恐ろしかった。

 誰かに助けを求めようとした言葉を、シオンは飲み込んだ。

 誰もいない。私がやるしかない。


(私が……彼を救わなきゃ)


 破壊するための力じゃない。

 敵を倒すための銃弾じゃない。

 彼を縛り付けるこの呪縛を解き放ち、彼をもう一度取り戻すための力が欲しい。

 その純粋で強大な「願い」が、シオンの中に眠る本当の力を目覚めさせようとしていた。


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