第98話 軍議
1571年5月 勝尾城 筑紫館 筑紫俊介広門
「新五郎殿、よくぞ来てくれた。まさに百人力だ」
筑紫館での軍議の席で、俺は改めて新五郎を紹介した。
原田氏の参戦は概ね好意的に受け止められたようだ。ただ何故なのか、という風に首を傾げている家臣もいた。
だが新五郎と当家で保護した兄を再会させ話をさせたと話すと、そういうことか、と勝手に納得してくれたようだった。
「兄上を匿っていただきありがとうございました。戦になろうかという時にご迷惑かと存じまする。某が所領で引き取る準備ができておりますが……」
引き取りたい気持ちは分かる。俺みたいなただの隣人より兄弟が保護する方が自然でもある。だが。
「新五郎殿、某らが龍造寺に痛手を与えられれば、兄上の城を取り戻す好機となりましょう。糸島では遠く、好機を逃してしまう恐れがありまする。このまま当家におられる方が良いかと。後にもう一度兄上とご相談くだされ」
これは半分本心、残りは半分は龍造寺に対する挑発だな。お前らが取り逃がした人物は当家で保護しているぞ、という風な。
そのことは誰にも言っていない。言う必要がない事だ。
草野氏は城を取り返したいという気持ちが強いようだった。そしてそのために糸島よりも俺の城にいた方がいいことも理解していた。
軍議では新五郎が来たので改めて作戦を説明し、油の量、投石機の様子、試射の様子、銭の確保、人の配置等を再確認した。
正面コンクリート城壁の上の守備に就くのは宗仙だ。博多から連れてきた兵八百を率いる。左右の山の中腹には俺と島が筑紫の兵を率いて投石機と一緒に二百ずつで潜む。
また勝尾城には予備兵も兼ねた守備兵を三百ほど待機させている。
最後に西に数キロ行ったところにある勢福寺に筑紫と博多の騎馬を合わせて七百を潜ませる。これは弾正が率いる。
後で原田の三百がここに加わる予定だ。
原田の騎馬三百はけっこう無理を言った数字だった。糸島全土から集めなければ不可能だからだ。
そしてこれを了承したということは、原田はもう糸島全土をコントロール下においているに違いない。
地元に支持されているという主張は本当のようだ。
「俊介殿、糸島から騎馬三百も動かすと敵に気取られる危険性がありますが」
「ご安心くだされ。通り道の神代氏には話を通してありまする。ただし念のため1カ月ほどかけ、兵は小分けして移動していただきたい」
神代氏は背振山地の半分以上を領地としている国衆だ。広い領地を支配しているが、平野がないので石高は少ない。
筑紫とも背振山地を通して東西で領土が隣り合っているが、直接敵対関係になったことはなかった。
その神代氏に俺は裏切り工作をかけていた。もともと龍造寺とは長年ライバル関係だった家だ。
龍造寺に父親を殺されて、それでも従わざるを得ない今の状況に、当主は不満を抱いているようだった。
明確に寝返らせることは出来なかったが、積極的には戦わず見て見ぬふりをするというような玉虫色の返事をもらえた。
お互いの父親同士が相対した時のように立派に戦おう、という返事が返ってきたのだ。
父親同士は戦ったことが無い。つまりはそういう事だ。
新五郎には念のため小分けして兵を動かすように伝えたが、万一に見つかっても神代が邪魔をしたり、龍造寺に報告するような事は恐らくなさそうだ。
軍議の席で宗仙がベテランらしい指摘を出した。
「殿、これだけ準備万端に待ち構えてしまっては、龍造寺方が攻城を諦める心配がありますぞ。一枚岩の城壁は少々目立ちまする。警戒されるやもしれませぬ」
いい指摘だな。だからこそ龍造寺が絶対に無視できないエサを用意したのだ。
「於安の方に文を書いてもらい密かに龍造寺本家へ送り届けている。筑紫にいて救助を求める内容だ。直筆でな。龍造寺隆信はこれを絶対に無視できぬ」
兵数が圧倒的に多いにも関わらず本家の娘の助けを無視したら、本家と分家で争いになるレベルだ。
待ち構えられてそうだ、などという理由で攻めるのを躊躇したら家が割れる。
於安の方は龍造寺直系の血を引いた最後の人間なのだ。
対して龍造寺隆信は分家だ。本家をリスペクトしなければならない立場だ。
あわよくば死んでくれたらいいのに、そんな風に隆信が思っていてもおかしくないが、間違っても口には出せない。
「そして龍造寺は草野氏の城を落とした兵を解散していない。ここ数日、島に龍造寺の所領を荒らさせている。明日向かって来ても不思議ではないな」
新五郎が間に合って良かった。彼の活躍は先だが戦の前の交渉と、戦の後の交渉では話が微妙に変わる。
戦が始まってしまっては筑紫から助けてくれと頼んだ印象が強くなってしまう。
「なるほど、分かり申した」
宗仙が納得した返事を答えると、コンコンと戸が叩かれた。
この場に入れる人間は僅かだ。
急ぎの内容か。
入れと許可を出すと、大坊が至急の知らせだと言って文を寄越してきた。
中身を確認する。来たか。
俺は皆の方を向き合った。
「喜べ、狙い通り龍造寺が動き出した。数は一万五千。最初の狙いは恐らく朝日山城。だが一日も持たぬだろう。各々、準備を頼む」
『おぅ!』
朝日山城はここから南に三キロほど行ったところにあって、現代では新幹線が通る新鳥栖駅のすぐ隣にある城だ。
広さはそれなりだが標高百メートルほどしかなく守りには向かない。適当な勾配がゴルフ場にちょうどいいような、山というより丘にある城だった。
だが平野の中にポツンと丘があるような地形なので、物見や領土管理には非常に便利な場所なのだ。
龍造寺の動きもこの朝日山城から来た知らせだった。
直ぐに逃げるように命じてある。あんなところで一人も死ぬ必要はない。
「新五郎殿、貴殿の出番は先になりますが案内の者を付けまする。兵の準備をお願いいたします」
馬を揃えて山を越え、寺まで連れて行くまで一カ月を見ていた。原田新五郎の出番は最後の締めだ。
「承知いたしました」
こちらは原田の兵も加えて総勢二千五百。うち騎馬千という大変偏った編成。敵は一万五千、内訳はわからん!
攻められた草野氏に聞いても分からなかった。敵の編成の詳細が分かるだろうと相当期待してたんだが……この分では朝日山城が落とされても判明しなさそうだ。
やはり忍びが欲しいな。
たぶん馬の数はこちらと同程度だろうとは睨んでいる。一昨年の佐嘉城包囲網と、去年の今山の戦いの間に馬が増えた様子は無かったからだ。
ただ勝つだけじゃない。徹底的に勝ちたい。
そのためには馬の数、質、それを率いる将も大事だった。
将は弾正を信じるしかないな。
博多の旧立花の家臣が率いる騎馬も筑紫の騎馬兵と合流させたから、コミュニケーションが心配なんだよなぁ。
戦は細かいところまで気にかけなければいけないが、気にしすぎてもダメなんだ。
ここは心配でも任せなければ。
そして俺だ。
たくさんの死人が出るはずだ。そうでなければ勝てないのだから仕方ない。
それに勝たなければ今山で死んだ仲間たちに顔向けができん。
おそらく目の前で何千人も死ぬ。俺にとっては初めての体験だ。
覚悟を決めて心を強く持たなければいけない。賽は投げられたのだ。




