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ブラック九州戦国時代〜修羅の国の小大名に染まったら〜  作者: 逆川水府


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第95話 原田新五郎親種①

1571年2月 高祖たかす城  原田新五郎親種(ちかたね)


 一カ月ほど前のこと


「馬鹿者が!! 勝手に筑紫と協力を取り付けよって!」


 父上が烈火のごとく怒りを露わにしている。さもあらん。

 だがそんなことは承知の上で進めた話だ。


「いつまでも大友と戦をしている時代では御座りませぬ」


 父上はもうすぐ七十にもなる。今日は体の調子は良さそうだったが、体調が崩れる日は徐々に増えてきていた。

 にも関わらず父上はお家の実権を手離そうとはしない。


 俺は十三の時に家督を継いで戦にも出た、領内を治めるようにもなった。

 完全に実権を握っても問題ないと思うほど自信はついたが、父上は未だに隠居する気はないようだった。


 俺が四男にも関わらず家督を継ぐことになったのは、父上に気に入られた事に加えて兄上たちが次々と亡くなったからだ。


 だから一歩引いて父上を立てるように振る舞っていたが、毛利との戦も終わった。

 臼杵も今は糸島には居ない。


 父上が隠居し、俺がお家の差配を始めるのにちょうど良い機会なのだ。


「兄が臼杵に殺されたことを忘れたか!」


「父上、忘れる事なぞ出来ようはずが御座いませぬ。ですが戦のことです。それに臼杵の一族を打ち取り、見事に敵討ちは成されたではありませぬか」


 歳を取って頑固になられた。

 父上の大友憎しはここ高祖たかす城を大友に取られてからだ。その時からつい最近まで糸島の半分は臼杵に取られたままであった。


 だが高祖たかす城を取られた時、俺はまだ小さい子供で城にはいなかった。父上ほどに大友憎しに染まることはできない。


 しかしそれは未来を見据えることが出来るという事だ。


「父上、筑紫に臼杵との仲裁を頼み込んだのは某に御座いまする。大友が龍造寺に敗れた結果ではありますが、その甲斐あって今、糸島には臼杵はおらぬのです」


「それがどうした。ほとぼりが冷めれば戻って来るに決まっておる」


「そうであればまた戦いまするか、それもよう御座いましょう。しかしながら戦を始める前に、糸島の全土をこのまま治めさせて頂くように御伺いを立てるべきです」


「聞く耳を持つはずがなかろうが!」


 親はいつまでも子供を子供扱いするものだ。如何にしてこの状態から脱すべきか。

 親が出来なかったことを成す……そうであったな俊介殿。


 高良山でよしみを通じた後、文でのやりとりでそうした助言を頂くような関係になっていた。


 あるいは孫の顔を見せるのも良いと書いてあったか。

 秋月から嫁を貰ったが子供には恵まれていない。このままであれば離縁も考慮せねばなるまい。


 だが実権を握る事ができれば、そのような事をせず養子を取ることも出来る。離縁なぞしなくても済むのだ。


「真に大友に聞く耳がないのならば、今も糸島に臼杵がいるのが道理。しかしながら一時の仕置きかもしれませぬが、今いないのが現実なのです。そしてそれは何故かっ」


「……」


 父上は言い返さなかった。

 どうやらこちらの話を聞く気になったようだ。


「俊介殿を初めとする、大友重臣方からの申状もうしじょうがあったからで御座いまする。引き続き俊介殿を通して、糸島の所領を我らの物とするために働きかけるべきです」


「筑紫は今、龍造寺に狙われておるだろう。戦で負ければ大友本国に対する影響なぞ無くなるぞ」


 その通りだ。だからこそ恩に着せる絶好の機会とも言える。


「父上、よくお聞きくだされ。父上が大友と戦で決着を付けたいとお考えなのは重々承知しておりまする。筑紫が負ければ龍造寺の勢いは強まりましょう。その時は父上のお考えの通り、戦にて大友と雌雄を決するのも良いでしょう。しかし! 筑紫が勝てば此度の助力を盾に俊介殿を通し、大友本国に働きかけて頂きまする。いかがで御座いましょうや」


「そんな上手くいくはずあるまい。大友と戦を始めるならば勢いのある龍造寺の助力が不可欠じゃ。だが筑紫に協力してしまえば助力は得にくくなる」


「ですから某が勝手に筑紫のために兵を出したことにするのです。咎められましたならば某を蟄居ちっきょ、または廃嫡して龍造寺の機嫌を取ればよろしい」


 父上の許可が得られると思っていなかったからもあるが、俺が勝手に筑紫の元に行って話を付けて来たのはこれが理由だった。


「……そこまで考えておったか」


「これならば、どちらに転んでも原田の都合の悪い結果にはなりませぬ」


 父上は少し考え込んでいたが直ぐに膝を打った。


「新五郎にそこまでの覚悟があるとは見抜けなんだ。ならば、うむ、良かろう」


 良かった。これで希望の半分は叶ったか。


「どれだけ兵を連れて行くつもりだ。お主の勝手であれば多くは連れて行けぬぞ」


「騎馬のみ。三百は欲しいと俊介殿からは言われておりまする」


 騎馬のみという妙に具体的な要求だった。

 つまりは俊介殿はすでに何らかの備えを用意しているのではないか、そのための騎馬なのではないか、そう思った。


「騎馬の殆どになるな。だが兵数が少ないならば誤魔化しが効く分むしろ都合も良い。良かろう新五郎、連れて行くがいい」


「有難うございます」


 さて、俺が話したいことはこれだけではない。

 むしろ今から話す事の方が本筋だ。気を引き締めてお話せねば。


「父上、この戦に勝ちましたらお願いがございまする」


「珍しいな、何だ。言ってみろ」


 この手の願いは幼いころから一度も言ったことがない。だからこそ不愉快な要求をしても多少は効果があるはずだ。


「戦に勝ち、糸島が正式に原田の所領に返る事態になりましたら父上には隠居して頂きたく存じまする」


「なに!? 何を言うか。儂はまだまだ働けるぞ」


 最初に拒否するのは想定済みだ。だが何としても隠居してもらわなければならない。そうでなければ父上はいつまでも実権を手放さないであろう。


 そうなれば一緒に沈むか。

 最悪の場合は父上をこの手に掛けなければならなくなる事態もありえるのだ。


 百姓のほとんどは臼杵との戦に辟易としていた。

 当然だ。元は一つだったのだ。親族や知り合いが敵にいることも多い。


「父上、最近博多の町を散策したことは御座いましょうか。随分と賑わっておりまする。某が幼い頃に見た以来の光景です。戦が続きここ二十年ばかり、某は寂れていく博多の町しか見たことは御座いませんでした」


 父上が黙って話を聞いてくれている。こんな事はここ数年はなかったことだ。


「賑わう博多の町を見て、俊介殿に糸島の争いの仲裁を頼もうと考えたのは某です。腹を切るとまで脅してまで頼み込んだのも某です」


 腹を切ると言ったのは本気だった。面識の薄い人物に面倒事を頼むのだ。

 頼み方なぞ分からなかった。ただ本気の命がけの頼みだと伝えるのに、他に思いつきがなかったのだ。


「俊介殿は草野へ養子へ行った兄上を、万一の際には保護してくださる言ってくださいました。道理の分かるお方です。父上、もしも某の手で糸島の所領が原田の手に戻りましたならば、何卒、隠居して頂きたく存じまする」


 額を床に付けて父上に頼み込んだ。

 こんな頼み方はした事がない。伝わって欲しい。俺は肉親に対してでもこんな方法でしか思いを伝えることが出来ない。

 なんと不器用な人間であることか。


「新五郎、いくつになったか」


「二十七になりまする」


 顔を上げると父上は腕を組んで開いた扉から外に顔を向けた。


「時が経つのは早いのぉ。儂も歳を取る訳じゃ」


 ちょうど夕陽が差し込み、眩しそうに目を細める。


「隠居か、良かろう。――ただし、大友と小競り合いの気配が残っているうちはならぬ。大友と戦になるならば血がたぎって隠居どころではないからのぉ」


「父上……有難うございまする」


 感謝の言葉を絞り出して、俺は再び頭を下げた。


「なぁに。真に大友との戦が無くなるのであれば、こんな所に座っている甲斐もないからの。孫の世話でもして隠居するわい。新五郎」


「はい」


「龍造寺は破竹の勢いであるようだ。心してかかれよ」


 事後承諾ではあったが、こうやって俺の参戦は決まった。騎馬三百を連れて行くが、龍造寺は一万以上集めるはずだ。

 どのように戦うのか、筑紫は何人兵を集めるのか、詳しいことは分からない。


 だが原田の助力を得られるかもしれないとなれば、俊介殿も草野氏へ養子に行った兄を本気で助け出してくれるはずだ。


 兄を助けてくれるならば、その礼ではないが命を賭けていいと思えた。

 俺にとってそんな理由で戦をするのは、領地の切り取りよりもずっと上等な理由なのだ。

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