第93話 宗仙
1571年1月 勝尾城 宗仙
「元就の葬式が行われるそうだ。だいぶ前から怪しかったがな」
「左様で御座りますか」
さてどうするか、どう生きるか。元就が亡くなっても毛利には両川がいる。
「今から毛利に赴いても大友と大して変わらぬぞ。決断できぬ当主、優秀な部下、どこか違うと言うのだ」
確かにそうかもしれない。
賭けには負けたのだ。未練に思うべきではないか。
自分は頼りになる人物の元で戦働きをしてみたかった。
厳島の戦いで元就こそはと思ったが、どうやら縁がなかったようだ。
「ままならないものですな」
「全く同感だ」
自分が盃に口を付けると、俊介殿も口に付けた。
「己が俺に敗れることになった種子島について知りたくはないか?」
それは……、その通りだ。
教えられることは無いだろうと諦めていたが興味はある。
あの時使われた種子島は従来と全く違っていた。何倍もの射程、短い装填時間。どれも強力なものだ。
一目見てみたい。出来うることならば扱ってもみたいが。
「まさか教えて頂けるので?」
「カラクリを教えるのは難しいな。当家でも知っているものは僅かだ。だが仕えてくれるならば扱う機会はあるだろう」
心惹かれないと言えば噓になる。なかなか魅力的な誘いだ。
「もし断って畿内に行くならば、織田はすでに大きくなっている。新たに仕えて出世するのは難しいやもしれぬな。陪臣で良ければ木下藤吉郎という者が殿で活躍して大変評価されているようだ。あとは徳川か……」
なぜこうも畿内の様子に詳しいのか。やはり博多におると耳に入りやすいのか。
「だが貴殿はすでに齢四十ほど。一から知らぬ土地で成り上がるには運が必要だな。やはり俺に仕えた方がいい。家臣が足りぬのだ。重用するぞ」
そのように親し気に話しをされた。だが顔つきは真剣だ。本気で誘ってくれていると感じる。
世相を教えて頂いた際には、筑紫は龍造寺に狙われているのに大友の助力が得られそうにない。その様に言っていた。そのために請われたと思っていたのだが……。
「失礼になり申すが、龍造寺に狙われ危機にあるのでは無かったでは?」
「ああ、そうだったな。だがそれがどうした。自分の身を大事にする為に貴殿を誘っているのではない」
虚勢か、いやこれも本気だ。目は口ほどに物を言う。
自分を破った男の言葉でなければ歯牙にも掛けなかっただろう。現実を知らぬ若造だと思っていたに違いない。
俊介殿は私に頼らずとも勝つ腹づもりなのだ。
やはり大将はそうでなくては。
「俊介殿、自分は元就殿の様な戦国大名の元で腕を奮いたいと考えており申した」
「毛利元就か、確かに戦国大名に向いている男だった。小さな国衆の元で生まれていなければ、また違った世の中になっていたであろうな。ここも毛利が治める地になっていたかもしれぬ」
面白い評し方だと思った。
「戦国大名に向いている、で御座りますか」
「そうだ。苛烈な粛清を行っても心を痛める様子がないところが特に、な。情もあるご様子なのに。心胆が常人とは違っていたのだと思う」
間一髪いれずに答えられた。これも面白い評だ。そして元就という人物を知っていなければ出てこない評だった。
お詳しいのだ。
そうか、幼い頃に毛利にやっかいになっていたと聞いたことがあった。それでか。
だが心か。
宗麟様とは最も違ったところかもしれぬ。
元就殿は協力関係にあった井上一族を大粛清したことや、弟を殺めたりと血生臭い話が多い。
それでいてやむを得なかったという態度で終始一貫しており、悲しんだ様子を周防に赴いても聞いたことがなかった。
「望んだ答えではなかったかな?」
「いえ、ですが興味深いと思いまする」
自分は何を期待して尋ねたのだろう。
だが何かを期待する程度には惹かれている。仕えてみても良いのかもしれぬ。
「高橋殿、俺は元就殿ほど戦国大名に向いているとは思えん。だが代わりに今までとは違う世界を見せてやれる。その酒も、茶も、傷を負った銃弾も、初めて体験したものであるはずだ。高橋殿は戦が好みかな。ならば見たこともない戦を見せてやる。厳島を超える戦を、勝者の側で味合わせてやる。一緒に来いっ」
俊介殿は自分を見つめていた。こんな必死な誘いがあるだろうか。
必死? なぜ?
ふと思った。龍造寺なぞ恐れていない様子ではなかったか。
もしや、これは……。
「俊介殿、引き戸を全て開けていただけますかな?」
すると後ろで控えていた大男が腰の刀に手をかけ、俊介殿が苦しい顔をなされた。
兵の気配は感じられない。
居るか居ないのかは半信半疑だ。
よし決めたぞ。
自分の勘違いであったらここを去る。いや勘が衰えているようでは戦働きなぞ出来ん。
その時は寺に入る。
だが勘違いでなければお仕えいたそう。
「はぁー、仕方あるまい。戸を開けろ」
髪をくしゃくしゃにしながら、悔しそうに命令を下す。
戸が開けられると前後左右、全ての戸の奥に完全武装した兵が潜んでおり、姿を現した。
予想よりも多かった。これほどの数の兵が潜んでいたか。
「島、だから言ったのだ。気配を殺すのに慣れていないお主が来ると露見してしまうとな。脅して誘っては意味がない」
断れば自分を殺すつもりだったのだ。この御仁は。親し気に話していたが甘い人間ではなかった。清濁併せ吞んでいる。
頼りにできる御仁だ。
誘い言葉に必死さがあったのはそのためか。私を殺したくなかった。
情もお持ちだ。
「いえ、気配は感じませんなんだ。ですが心が定まり申した。ぜひともお仕えさせてくだされ」
自分は深く頭を下げた。
だが頭を上げた時、俊介殿の背後にいた島という武人がこちらを値踏みしていた。たしか水城でも見た男だ。
自分が命惜しさに口先だけ仕えると言っているのではないかと疑っているに違いない。
「俊介様、龍造寺との戦ではどうか自分めを最も危険な任にお付けくだされ。忠誠を証明して見せまする」
自分は主君になろうかという人物を試してしまったのだ。命の一つ二つを投げ出すような活躍を見せなければ信頼は得られないだろう。
どうせ拾った命だ。安い代償だった。
「では戦働きで見せてもらおうか。当家にて迎え入れよう」
「ははっ! ありがたき幸せ」
「殿っ、信用なりませぬ。一度は主君を裏切った男で御座る」
俊介様は認めてくださったが、島という武人はまだ苦言を口に出してきた。
「逃げようと思えば今までいくらでも機会があったのだ。それをしなかったのは恩を返そうと残ってくれたのだろう? 律儀なことだ。裏切りについてはそうだな。俺が元就殿を見習って精進していれば、その心配は必要ないとみた」
自らの意思で選んだ主君を裏切るほど、自分は愚かではない。
島殿は諦めた顔をしていた。歓迎はしていないようだが、ひとまず受け入れはしてくれるようだ。
「有難うございまする。それでは自分はこれより宗仙と名を変え、顔を隠して生きて申す」
そう言うと俊介様は近づいて酌をしてくださった。
そういえば二人しかいないのに徳利も二つあった。部屋の中で自分に近づく事もなかった。
初めから警戒されていたのだ。
なんて事だ。今更こんな事に気づくとは。
そして今は信頼していると酌をする事で示してくださっている……。
はっはっは。
——何と爽快なことか。
主人が頼りになるとはこうも気持ちの良いものであったのか。




