第92話 二人の八郎
1571年1月 勝尾城 宗仙
「宗麟様の御様子は十四年ほど前に八郎義長様が亡くならられた時と似ておりますな」
「八郎義長? 大内家に養子に入った?」
ご存知であったか。
「そうです。そして宗麟様の実の弟に御座いました。今山で討ち取られた八郎親貞様は、義長様が亡くなった後、同じ名を付けられた訳ですな」
俊介殿が考えるそぶりを見せるので話を止める。
「義長様が亡くなった無念を、生まれたばかりの親貞様に同じ名を付けることで和らげようとした。そのように考えて良いのだろうか」
「左様でござる。義長様は大内家の棟梁になって欲しいと陶晴賢殿に請われ、海を超えて養子に行き申した。当時すでに大内家の没落は始まっており、宗麟様も随分と御止めになったのですが……、その後は成長著しい毛利の前に敗れる事になったのでござる」
戦国の世にあって珍しく仲の良い兄弟だった。宗麟様はまことに弟の身の上を心配し、義長様は大内家を復興させ兄と共に西日本の雄となろうと野心に燃えていた。
もしも厳島の戦いが大内氏の勝利に終われば夢は叶ったに違いない。
「自分は義長様に付き従って海を渡り申した。ですが戦に敗れ義長様とは離れ離れになり、自分だけが命からがら臼杵まで帰り申した。周防に残った義長様は御無事でしたがその後の毛利の追撃は執拗であり、抵抗むなしく二年後には自死することになったので御座りまする。その後に自分が目にしたのは無気力になった宗麟様の御姿でした」
思えば宗麟様は家督争いになってしまった異母弟の塩市丸様とも仲は良好だったのだ。
塩市丸様を殺めることになったのは、宗麟様が不在の間に廃嫡されそうになったことで重臣らが勝手に反撃したためだ。
やむを得ない部分が大きい。
ああ、しかし、思えば大友重臣らが宗麟不在の中で自発的に動くようになったのは、この時からあったことなのだ。
俊介様が冷めてしまった茶を飲んで質問してきた。
「なるほど興味深い話だが、その頃から大友と毛利との間で戦が始まっていたはずだ。そして大友はその全てに適切に対処してきた。門司城で毛利と戦をしながら俺の父、筑紫惟門や秋月とも戦い、同時に外交では六カ国守護に任じられる動きを示している。無気力な当主が成せる技ではあるまい」
「当時の大友にはそれを成すだけの重臣が揃っておりました。皆若く、失意にある宗麟様を支えようと精力的に働き申した。外からは宗麟様の見事な采配が光るように見えたでしょう。しかしながら実態は三老の意見がそのまま治世に反映されていただけにすぎませぬ」
むしろ当主が口を出さなかったからこそ、優秀な家臣がそれぞれの裁量を超えてまで適切に動くことが出来たと言えるだろう。
宗麟様の鉄面皮は親しい者を次々と亡くなった悲しさを隠すためだけではない。何もしなくとも国が上手く回る虚しさを隠すためでもある。
少なくとも自分にはそう見えていた。
だがこのような話は大っぴらに話せることではない。自分もここまで話したのは初めてであった。
「それでお主は大友を裏切ったのか」
苦々しく話す自分の声で察したのだろう。黙って頷いて見せた。
「自分が弓を引いたのはそれから何年か後ですが、すでに心に迷いは生じており申した」
自分が大友を見限り始めたのはこの頃からだ。周防で毛利元就の大器に触れて、このままでは大友は持たぬと思った。
そして自分も厳島の戦いの様な舞台で武を奮いたいという夢を描いてしまった。
「宗麟様は実のところ大変お優しい御心の持ち主でありまする。私の兄嫁が未亡人となった時も、当初は尼になるのはいつでも出来ると、側室の立場でゆっくりと考えてから決めるが良いと、そのように宗麟様からお話され、形だけの側室に置いていただけたのだと姉からは聞いており申した」
俊介殿にとって自分の話はどれも初耳のようだった。
大友方に付いたと言ってもやはり外様なのだ。大友の恥部といえる事まで聞き及んではいない。
「宗麟様はお優しくはありますが、御心は強くは御座いませんでした。義長様が亡くなられると、姉は宗麟様を慰めるために真に側室として生きる決心が出来たと申しておりました。その時には側室は六人にもなっておりましたかな。ですが色ごとにふけて、それでも心が癒されないとなるとバテレンの教えにはまり……そこまでしてもなかなか御心が晴れる事はなかったようで御座いました。弟をもっと強く引き留めるべきだったと、毛利が邪魔で助けに迎えなかったと、何年たっても同じ話をすると姉は申しておりました」
そこまで話すと俊介殿は隣の大男に命じて何やら出してきた。
徳利と盃、酒か。助かる。
素面で話すには心が辛い。
自分は宗麟様を嫌っていたわけでも、恨みに思っていたわけではない。
だが頼りにならぬとは思ってしまった。
逆に毛利元就の名は遠くまで聞こえていたのだ。
頼りになる人物の元に仕えたい。そのような思いで毛利になびいた人間は自分だけでないはずだ。
本当に、実に多くの国衆が毛利に付いたのだから。
受け取った徳利から自分で盃に注ぎ、酒を口にした。
飲んだことのない味だったが旨い。酒は二年ぶりか。
「俊介殿はいかがですか? 頂いた酒で恐縮ですが」
「深酒はできぬぞ」
俊介殿が大男から追加の酒をもらいながら何やら心苦しそうに言う。気になって何かあったのかと聞くと。
「正月に義父殿らと酒の席を共にして失敗してな」
義兄となっている紹運、道雪殿も一緒になって浴びるほどに飲まされたのだという。
「可愛がられている証左で御座いまする。九州の男はそうやって酒に強うなっていきまする」
「分かっている。だから断らなかった。だがもう一度で十分だな。次からは程々にしよう」
俊介殿は苦笑するがその景色が目に浮かぶようだった。懐かしい景色だ。自分はもう捨ててしまった。
「今の宗麟様が先ほど話していた頃と似ていると思うか」
「はい。ですから大友の重臣らも強く言えぬのでしょう。再び側室が増えて、パテレンに傾倒されても困りますからな」
はぁ……。
俊介殿のため息はまるで当時の自分のため息のようだった。苦労しているのであろう。
「宗麟様の御心が戻るのに、その時はどれだけの時を要したか」
「少なくとも二年は取り付く島もありませんでしたな」
はぁ……。
二度目のため息だ。少し不憫に思えてきた。
「高橋殿、当家に仕える気はないか。貴殿のように優秀な指揮官がいると実に心強い」
「いえ、有難い申し出ですが」
自分は毛利に行こうと考え始めていた。やはり元就殿の元で腕を奮ってみたい。
「元就は死んだぞ」
「……っ!?」




