第90話 風雲、勝尾城
1571年1月 勝尾城 筑紫孫大夫貞知
地面を縦横、深さ一尺ほど掘ってコンクリートを流し込み土台とする。
この土台の上に幅半尺、高さ二丈ほどの木枠を設置する。枠の中には一定間隔で竹の棒を刺す。この竹の棒がないと、ちょっとした地震や、大きな丸太で叩かれるだけでも倒れる危険があるらしい。
高さが高いほど倒れる危険性が増すそうだ。
五尺以上の高さを作るならば絶対に竹の棒を入れろと殿には言われている。
そして木の枠の中にコンクリートを流し込む。
壁は竹の棒だけでは倒れる危険性が高いため、控え壁というものを一定間隔で、正面の壁とは直角に作る必要がある。これも同じように木枠を置いて立てていく。
控え壁の長さは四尺ほどだ。これがあると控え壁の上に木の板を並べるだけで、人間が板の上に立って城壁を移動できるようになる。
つまり敵が壁を壊しに来たら上から攻撃出来るのだ。
僕にとってこの作り方は三回目だった。
一回目は立花城の塀を殿と一緒に作った時。二回目は水車がある山麓に村人が銭を持って逃げ出さないように作った壁だ。
三回目となれば慣れたものだった。
例えば必要なセメントの量、毎日ドラム缶を三缶分も作れば余裕を持った量を確保できる。そんな計算も直ぐにできるし、今なら里に直接行かなくとも、文のやり取りだけで十分だ。一緒に壁を作ってくれる職人の皆も慣れたものだった。
殿は如月までに完成という話だったけど、およそ一カ月前にほぼ完成した。
壁は勝尾城の麓の屋敷群をぐるっと囲むように設置した。
正面の壁は敵の侵入を防ぐための、二つの山の間を塞いだ長さ二町ほどの丈夫な壁だ。ただし入り口に使われている門は、普通の城門に使われる様な木の門だった。
殿のことだから何か工夫をするのかと思っていたのだけれども……指摘するとこの門は壊れても良いらしい。
せっかくコンクリートの壁で囲って敵の侵入を拒んでいるのに、門は壊されてもいい? よく分からなかったが、殿はその理由は教えてくれなかった。
こうやってぐるりと大きく囲ってしまう守り方を総構えというらしい。
総構えの守り方は、城だけでなく城近くの家屋や田畑までも、要は村ごと全部囲って守ってしまおうという守り方だ。つまり山頂にある勝尾城だけでなく、ふもとの筑紫館や家臣たちの住居までも守る方法となる。
田畑も少しあるし籠城していても暮らしやすいので、長期的な籠城に向いている守り方だと習っている。
だから僕は籠城で冬まで守り切るのだと思っていた。これを作り始めるまでは……。
コンクリートの壁は正面だけではない。内側から山へ向かった場所にも壁を作った。
正面の壁とは違っていくらか高さが低い。
なぜだか偽装を命じられており、コンクリートが固まる前に木の枝を差し込んでおいた。
遠くから見ると壁には見えない。
僕はこれと似たものを銭作りを始めた水車の里でも作った。その時の目的は村から山を登って、村人か銭を持って逃げ出さないために作ったのだ。
つまりこれは中にいる人間を外に逃がさないための壁だ。
殿はいったい誰を逃がさないつもりだろう。
いつもどんな事でも教えてくれる殿が、今回だけは何も教えてくれなかった。
「孫大夫殿、仕置きご苦労でありまする」
話しかけて来たのは最近になって家臣に召し抱えられた宗仙殿だ。
頭巾をかぶっていてお顔を拝見したことは無いけれど、隙間から覗く目はいつもニコニコしており、僕みたいな元服したばかりの若者にも丁寧に対応してくれる。
「コンクリートやらが固まったとお聞きしたので見に来ましたが、今日は触ってもよろしいか?」
「は、はい」
宗仙殿は先週も壁の様子を見に来ていた。その時はコンクリートは半分くらいしか固まっていなくて、ちょうど木枠に穴をあけて木の枝を差し込む作業をしていた。
木の枝に触られると困るので、触ろうとしていたところを声をかけて止めたのだ。
それから毎日のように壁の様子を見て回っている。宗仙殿は軍議にも参加しており、あちこちに顔を出して周囲を伺う様子は仕事熱心な感じを受けた。
「孫大夫殿、壁から生えた枝をつかんで壁を超えることはできるかね?」
「ぼく、いえ私の体重でもつかんだら折れてしまうような小さな枝しか使っていないので難しいと思います」
「なるほど、確かにそのようだ」
宗仙殿は木の枝を触りながら納得したように答えた。
そういえば宗仙殿は島様に連れられて投石機を試射する時も立ち会っていた。ちょうど今いるところから山の上あたりだ。
そこには投石機が設置してある。
僕がコンクリートの土台を作って準備を整えると、殿が直々に造ったのだ。何日かかけて完成したその投石機は、大陸の明にあるものと同じものであるらしい。
日ノ本は大陸の物をたくさん導入しているのに、こうした道具を僕は見たことが無かった。
そんな風に尋ねると、山が多い土地では移動が難しく好まれなかったからだと御説明頂いた。この投石機もここから動かすことはできないそうだ。
僕は命令でコンクリートの土台を八カ所に作ったから、同じような投石機が山の中に八個隠れているのだと思っている。
島様と宗仙殿が一緒にいた試射では、水を入れた瓶を一町ほど遠くまで飛ばしていた。
本番では大きな石を飛ばすのだろうか。ここには大きな石はないのだけど、コンクリートで固めて作るのかな。だけどそれなら僕に声がかかるはずだ。
だが今の所そうした声はかかっていなかった。
試射は何度も何度も試されていた。僕は全ての試射に立ち会ったわけではないけど、それでも投石機の大よその性能を知る事ができた。
水が入った十升瓶を二町ほど飛ばすことができ、縄を巻きなおして再び飛ばすまでは半刻ほどかかる。だけど一町飛ばす程度でよければ、縄を巻く時間が半分程度で済む。山の上からだと想定より遠くに飛ばせたようで、殿は上機嫌だった。
今回の戦、龍造寺が攻めてくると言っていたけど、詳しい話は一部の人間にしか知らされていないようだ。例え顔見知りでも信用できる人間以外は筑紫村から追い出したらしい。
コンクリートの壁が完成して、人がいなくなった『村に向けた投石機の試射』は、その後に何度も行われた。全ての試射が終わった時、僕の睨んだ通り、投石は八台あることも分かった。
巧妙に隠されていて、試射が始まるまで、投石機があることに気付かなかったくらいだ。
コンクリートの壁が完成して、僕の用事は済んでしまった。明日にでも博多へ帰る事になる。ここにいる宗仙殿はもちろんこのまま残るだろう。
「宗仙殿、殿を御頼み申し上げます」
宗仙殿はにこやかに頷いてくれた。
う~ん、殿は凄い猛将だと言っていたけれど、本当かな。
とてもそんな風に見えない。




