第89話 二人の娘婿②
1571年1月 豊後国 臼杵城 筑紫俊介広門
「つまり勝尾城を捨て石にして、残った宝満城を協力して守ろうとご提案をしたいのですね」
他家の出生の地を捨てろとは言いにくいだろうから自分で言ってやる。
「う、うむ。そういうことだ」
しまった。ちょっと責めるような言い方だったな。
だがこんな酷い提案をされてはなぁ。誰が思いついたんだろうか。
「この話、上は承知しているのですか?」
「いや、まだ我々だけの考えだ。だが他に良い代案はない。上申すれば認められるはずだ」
上が承知していないならば義父か、紹運の提案か。義父が考えたのだろうか。自分を犠牲にして全体の利益を得る方法はなんだか中間管理職っぽい。
……今回犠牲になるのは俺だけどな。イラっとする。おっと、顔に出すな、平常心だ。
「基本的には合意しましょう。しかし何もせずして城を明け渡すことはできませぬ」
「そうだな。一当たりして戦って見せねば評判を失う」
紹運がわかった風に言うがそうではなかった。
「いえ、人知を尽くして全力で勝尾城を守りまする。それで龍造寺が被害が大きい、冬までかかる、そのように判断すれば守り切れるやもしれませぬ。そのうえで城が落とされる様な事態になりましたならば、宝満城まで引かせて頂きまする」
たぶん義父も紹運も、被害が大きくならないように頃合いを見て俺には引いて欲しいのだと思う。
だがそれは無理な相談だ。勝尾城から少し山奥に行けば片隠れの里がある。
城が取られてしまったら見つかるのは時間の問題だ。面子や郷里に心惹かれての事ではない。
勝尾城は筑紫の譲れない最終防衛ラインなのだ。
紹運は少し認めがたい顔をしていた。一緒に宝満城を守る兵力が減るという事だからな。
俺は宝満城を落としたこともあるから周囲の様子も多少知っていた。そんな人間を頼りにしたいのだろう。
だがこれは譲れん。
俺の決心が深い事を感じ取ったのか、義父は何も言わないでいたが困り顔であった。片隠れの里を知らないと、俺が意固地になっているように感じるのかもしれない。
そして微妙な沈黙が流れ、それを横で見ていた道雪が助け船を出してくれた。
「筑紫が大友のために限界まで城を守ってくれると言うてるんじゃ。これ以上何を求める事があるか。しかも大友の助けなしで筑紫単独でな。これを他家がどうこう言うのは野暮っちゅうもんじゃ」
それを聞いて紹運は納得したようだ。義父も「城を枕に討ち死にするような真似はしないのだな?」と聞いてきて、そんな真似はしないと言うと納得してくれた。
龍造寺が攻めてきたら筑紫単独で勝尾城を守る。もし草野氏が攻められたら落ち延びる先は筑紫が用意する。勝尾城が落城するならば宝満城まで下がり紹運と共同して守る。
以上の方針が決まった。
ここにいる四人だけの取り決めだったが、道雪が口添えをするというから根回しも問題ないだろう。筑紫の危機に大友が兵を出さないで良いわけだから臼杵も反対しないだろうからな。
不幸中の幸いか、宗麟が気を落としているからトップの一声でひっくり返る心配も無さそうだ。
よし、それで行こうという風に明るい感じで話がまとまり、義父も紹運も酒を口にしだした。
ここで俺は昔の九州の男は良く飲む事を思い知った。
本州の日本人と比べてアルコールを分解する遺伝子を持っている割合が多いとかなんとか。
俺もこの体で何杯も酒を飲んだのは初めてだった。
もともと嫌いではなかったから、今日は雰囲気に飲まれて酒が進んでしまう。
というかこの面子で俺の立場だと断れん。
慣れない俺を酔っぱらせて楽しもうとしている気配がするぞ。悪い大人だ。
打ち合わせだと横から助けを出してくれた道雪も敵側に回ってしまった。
まさに四面楚歌だ。
「義弟殿は今山で親貞様が亡くなってからの和約に頑なに反対していたな。兵の数が勝っており、堀も埋めたのだから戦を続けるべきだと」
紹運も結構飲んでるはずだが顔色は変わらない。俺の方は酒が回ってきた自覚があり、ボーっとしながらも精いっぱい冷静に務めて答えた。
「そりゃそうです。今の様になるのは目に見えていました。もう肥前に大友の威光は届いておりませぬ」
宗麟が前線まで来て陣頭指揮を取れば、いくらでも立て直しは出来たのだ。戦の経験が乏しい宗麟の弱点が露呈した戦いだったと思う。
「不満あるか」
ぎょろりと睨むように言ったのは道雪だ。
「戦に負けて被害を受けて、どう誤魔化しても不満は感じてしまいまする」
仲間や部下が大勢死んだ憤りを無いふりはしたくない。
「ならば顔ば出すな。口に出さなんだは褒めちゃるが、見る奴は見ちょる」
「分かりました。不満は龍造寺にあてがいまする。道雪殿、もしその結果、そうですね。私が龍造寺を叩きのめして、領土を取る様な事態になっても問題ないでしゅね」
俺の舌足らずな口調が面白かったのか、道雪はなんじゃ勝つ腹積もりか、と実に楽しそうに笑った。
「その場合はおんし一人の手柄じゃ。大友に文句を言う筋合いはなか」
「面白いな。その時は私も一口乗るか」
筑紫だけで龍造寺に勝つ、それも領土を奪い取る、という大風呂敷に紹運は加わってくれるそうだ。
なんだかんだで鬱憤が溜まっていたのだろう。みんな景気がいい話で盛り上がりたかったに違いない。
「紹運殿、よろしいのですか?」
「城攻めされているところを離れた場所から伺うだけだ。それで多少の敵兵を引き付けたり、龍造寺が大負けするようならば追撃することがあるかもしれんが、な」
「有難うございましゅる」
あとそうだった。
いつの間にか服を脱いでいた道雪の、上半身の雷傷を見て思い出した。
「道雪殿、雷切を頂き大変ありがとうございました。命を救われ申した。改めてお礼を言わせてください」
「ああ、よか刀じゃっただろう? 雷雲がもう一度目の前まで来てくれればのぉ。切ってもう一振り作っちゃるんじゃが、なかなか機会がなくてのぉ」
ははは……本気かな。
これは道雪の鉄板ネタだったのか、ワッハッハと義父と紹運は笑っていた。
だから、たぶん冗談なのだろう。
俺はもともと単独で戦う覚悟であったし、逃げ出す先と、紹運が少しでも兵を出してくれるならば収穫はあったかな。
勝尾城では着々と残った皆で対龍造寺の準備を進めているはずだった。
大友の助力を得られなかったこと、爺と島は怒るかな。意外に喜んだりするかもしれないな。
俺は酔っぱらって眠くなった頭でそんな風に考えていた。




