第88話 二人の娘婿①
1571年1月 豊後国 臼杵城 筑紫俊介広門
話は皆を呼び出した義父から切り出された。
「肥前の現状を知りたいのだ」
義父は豊後にいるから、その後の龍造寺の動きを知らない事も多いだろう。
たぶん隣領土の俺が一番現状を把握している。その隣の紹運はどうだろうか、少し離れているし、どこまで情報を仕入れているか気になる。
どちらが先に話すべきかと思い紹運の顔を見ると、先にどうぞとジェスチャーをされた。一番の当事者だし俺から話すのが妥当か。
俺は現状の危険性を共有したかったので、危ないぞというニュアンスを強く示唆しながら事実を話すことにした。
「龍造寺は近くの城から次々と落としております。動きが素早い。小田氏の蓮池城などは和約を結んだ翌日に落とされました。城主の小田鎮光は戦の後、まだ城に帰ってもいませんでした。師走に入って龍造寺の動きは落ち着きましたが、筑紫の支城である朝日山城と草野氏の竹井城には、物見が来ております。春とともに攻めてきてもおかしくありませぬ」
講和の翌日に城を落としたのは鍋島直茂だ。本当に早い。最初に小田氏の城をターゲットに選んだのは、龍造寺の娘の嫁ぎ先であったにも関わらず裏切った報復だろう。
城主の小田鎮光と奥方の於安の方は、今は俺が保護している。万一の場合は逃げて来いと伝えていて良かった。
「龍造寺の手の者が草野氏の城を伺っている事は私も確認している」
そう紹運が言った。用心していたようだ。草野氏の居城である竹井城は、紹運の所領から少し距離があるのに余念がない。
俺はそれに頷いて、これは伝えておいた方がいいと思っていたことを話しておく。
「草野氏が城を落ち延びるようであれば、私はこれを受け入れるつもりです」
すでに龍造寺の娘を保護しているのだ。いまさら龍造寺の敵対者を一人二人増やしても状況は変わらない。
それに草野氏は長年友好関係を維持してくれていたのだ。必ず助けねばならない。
そしてこれは口に出せないが、彼ら、特に龍造寺の娘は俺にとって餌でもあるのだ。草野氏も合わせれば更に極上の餌となる。
龍造寺の娘、於安の方は龍造寺の実の娘ではない。というのも龍造寺隆信は龍造寺家では分家だった。
だから分家と宗家を一つにしようと、宗家の血を唯一残している於安の方を養子にしたのだ。
けっこう反対もあったらしい、宗家からすれば乗っ取りにしか見えないからな。だからこれを助け出さないと隆信は面子を失うだけでなく、宗家からの支持も失ってしまう。
俺が保護していれば必ずちょっかいを出して来ると見ていた。そして直近の動きでそれが確信に変わりつつある。
博多があっても龍造寺とは戦力差がある。まともに戦えば筑紫は負けるだろう。
それが怖ければ直ぐに於安の方を差し出して降参すればいい。たぶん朝日山城と弟か孫大夫を人質にだせば、他の所領は無事で済むんじゃないかな。
……琴音はたぶん大友を刺激するから人質には欲しがらない、はずだ。
於安の身と、俺が頭を下げたという事実が欲しいだけのはずだ。だからたぶん無理な要求はしない、と思う。
だが筑紫が抵抗して負ければ勝尾城まで割譲を求められるに違いない。
大友が助けに来てくれないならば、降伏はごく自然の、非難されることなく筑紫が取るべき道の一つだろう。
「義父殿、大友の助けはあるのでしょうか。年始の挨拶では宗麟様から一言も龍造寺に対する言及がありませんでした」
「それはだな……」
言いにくそうだな。決まりだ。救援はない。
「そのような顔をするな。確かに助けはないが、お主には博多があるのだ。石高の小さい筑紫を無理をして守る利は小さいと見ているのだ」
「本気ですか? そのような消極的な動きをすれば、筑紫の家臣は離反してしまいます」
数字でしか物事を見ていない。国衆の土地に対する執着を考慮に入れてない考え方だ。
だから反乱されるのだ。何もしないで城を引き渡したら島が怒り狂うわ。
「義父殿、正直にお答えください。これは宗麟様の御命令でしょうか」
「いや、そうではない。宗麟様は先日の戦が終わってからは政務がおろそかになっておってだな。再び龍造寺と構える気力があるとは思えぬ。それで重臣たちで合議をとったのだが、やはり宗麟様の決断無くして肥前まで兵は出せぬ。そのような結論になったのだ」
政務をおろそかにされては、殺される方はたまったものではないな。
「どこまでならば兵を出すのでしょうか。ずっとやられるままでにはいられませぬ」
「それも定まっておらぬ。最悪の場合、博多まで攻められても助けがない可能性もある」
あれだけ苦労して毛利から手に入れた博多を?
「宗麟様がご決断を取らなければ重臣たちで決めなければならぬ。だが博多西の糸島に城を構えていた臼杵の三男坊は解任されてしまった。臼杵が積極的に合意する理由が無くなってしまったのだ。今は水運で毛利と揉めごともある。船で迅速に兵を送る事も難しい」
めちゃくちゃだと思った。
「それで我々は、首を揃えて困った大変だと騒いでいるだけですか? 代案は?」
「おい、小僧」
突然に声をかけてきたのは、ずっと酒を飲みながら様子を見ていた道雪だ。
「斎藤殿も紹運殿も救援を出したくないわけではない。お主のために正直に現状を打ち明けとるんじゃ。郷里の命運がかかっていることも重々承知しとる。儂の言いたいことは分かるな」
その通りだった。
言い過ぎたな。八つ当たりしてどうする。俺は二人に頭を下げた。
「義父殿、紹運殿、大変失礼いたしました。大友の事情は分かり申した。単独で龍造寺と当たる覚悟をすべし、という事になりましょうか」
「いや、俊介殿が憤慨するのはもっともな事だ。隣の紹運殿も腹をすえかねて兄上を困らせたらしいからな」
「それは言わないままでいて欲しかったですな。御父上も人が悪い」
暗い話が義父の冗談で少し明るくなった。義父は嫡男を亡くして落ちこんでいたのに立ち直ったように見える。
見習わなくては。
「今回話をしておきたかったのは、龍造寺が来た時の対応方法だ。恐らく龍造寺は二万は集めるであろう。その時に筑紫の勝尾城で守るは難しい」
「なにしろ義父殿に五千で落とされましたからね」
俺も笑って答えた。少し気持ちに余裕が生まれたかもしれない。
「ははは、そのようなこともあったな。だが宝満城であれば二万を相手にしても十分に耐えられる。龍造寺も宝満城を放置して博多まで軍を進めることはあるまい」
宝満城に抑えの兵を置けばそれも不可能ではないが、龍造寺の経済事情で抑えに数千もの兵を何年も置いておくのは不可能だろう。
博多を治めるのではなく、荒らして帰るだけなら可能だろうが……それでは利が小さい。
義父殿の提案の中身が分かってきた。




