第83話 死闘
1570年8月 肥前今山 筑紫俊介広門
伏兵を警戒しながら下り坂が始まる所まで着くと、ふもとに味方の軍がいるのが見えた。博多の三千の兵達だ。
ありがたいことに、既にこちらに向けて足を進み始めている。
後ろではまだ戦の音が小さく聞こえていた。
誰かがこっちだ、早く来てくれと、博多の兵を呼んでいる。
俺は親貞少年を隣に置き、ゆっくりと慎重に坂を下り始めた。
方陣に囲まれていると前が見にくい、転ばないように足元に気を付ける。親貞少年にも気を付けるように声をかけた。
その時だった。下に目がいっていた俺たちの横から何者かが飛び出してきた。
近くに居た周防組が飛び掛かられて、そのまま倒れた。
敵、複数、二十人くらいか。
俺が指示を出すより早く、考えるより先に皆が動き出す。
周防組が左右から敵に襲い掛かる。
飛び出てきた敵は人数を三つに分けた。左右の周防組とぶつかる者達と、そのまま真っすぐ俺を目掛けて突っこんで来る者達だ。
俺を目掛けて真ん中を突っ切って来る敵は五人。
来いっ……近づいて来る敵を前に覚悟を決めて刀を抜く。俺は親貞を背中に置いて、隠すように前に立った。
そして懐に手を入れ瓢箪を取り出し、適当に切って前に投げる。ハッカ油だ。薄めていない原液は滑る。
五人のうち二人が飛び散った油で転び、二人の足の速度が遅くなった。一番前の男だけが油を踏むことなく、そのまま全力で向かって来る。
その男が何が叫び、上段から刀を全力で振り降ろしてきた。
俺は反射的にその刀を、手にした刀で受け止める。
パリン
特に何かしたわけではない。だが受けただけで敵の刀が折れた。驚いたが体が勝手に動く、そのまま驚愕している敵の首を切った。
油で転んだ奥の敵は周防組に討たれようとしていた。
残り二人
俺は少しかがんで、地面に落ちた折れた刀の切っ先を拾って投げつけた。
投げつけられた敵は避けて一歩遅れる。
その隙に襲い掛かってくるもう一人の敵に対して、全力で刀を横に薙ぎ払った。
受けた敵の刀が砕け散る。驚き、怯んだ敵を蹴り倒した。
これが雷切か。
次っ!
最後に向かって来る男は、腕を大きく上げて刀を振り降ろしてきた。
その動きはさっきも見た。流派が同じか?隙が大きすぎるぞ。この場にいるのだ。精鋭だろうに。
次々と味方が倒れ、自分が最後の一人だと心を乱したか。
そんな風に酷く冷静になりながら、敵の懐まで大きく飛び込んだ。そのまま通り過ぎるように刀を振るう。肉を切った感触がした。
そしてこれで終わったかもしれないと安心したのがいけなかった。
振り返ると刀を壊して蹴り倒した敵が、倒れたまま地面を這うほど低い態勢で俺に組み付いてきた。
やばい。
自分の鎧の重みと、敵の体重プラス敵の鎧の重み。百キロ近い重みを跳ね返せるはずもなく、抵抗したものの馬乗りの態勢を取られてしまった。
敵は腰から小太刀を抜いて、馬乗りのまま下にいる俺を突き刺そうとしていた。
やぶれかぶれで雷切を横にふるう。
馬乗りにされて腰の入らない、片手で振るっただけの、力のない払いだった。だが雷切は敵のあごを切った。
敵は一瞬止まり、やったか? と期待したが直ぐに眼の光が戻ってしまった。
駄目か、突かれる。どこを狙って来る? 首か頭か、心臓か。
俺は両手で頭と首をガードして、全力で上半身をひねった!
ひねった左胸に熱いものを感じる。切られたか、だが即死じゃない、息もできる。
次はどこだ!? 体を元の位置に戻して備える。
来ない。
腕の隙間から敵を覗くと、敵は首から刀を生やして動かなくなっていた。
「殿! 御無事ですか!?」
馬乗りになっていた敵が電池が切れたように倒れる。体の重みが無くなった。味方が背後から敵の首を切ったのだ。
はぁ、はぁ、はぁ。
緊張と息継ぎで直ぐには答えられなかった。終わった? 終わったのか?
「殿!?」
残敵を撃ち倒した周防組が心配そうに声をかけてきた。
「だ、大丈夫だ。だが胸を切られた」
俺が倒れたまま動かないので心配になったのだろう。とりあえず上半身を起こして無事をアピールした。他の敵はどうなったのか。
「傷を確認します」と鎧を脱がそうとするので、流されるまま任せた。
静寂というほど静かではないが、殺気立った人間は周囲にいなくなっていた。
たぶん……終わったのだ。立っている敵は見えない。
坂の下から味方がこちらに走って来ているのが見えた。弾正と、もう一人は早く来てくれと叫んでくれた味方か。
立っている周防組は半分くらいしかいない……、無事なメンバーは倒れた味方の様子を見にバラけていた。
親貞は……一人座っていた。あの大物もさすがに腰が抜けたか。
いててててて、痛い!
ホッとすると切られた胸の痛みが戻ってきた。
「命に別状はありませぬが浅くはありませぬな。本陣に戻りましたら傷を縫いましょう」
縫うのか、嫌だなぁ。
「仕方ありませぬ」
俺が嫌そうな顔をしていたのだろう。竹筒を開けて傷を綺麗にしながら言われた。
酒の匂いが強い。
アレはだいぶ前にちょっとだけ作った、消毒用の高濃度アルコール酒じゃないか。
周防組がずっと大事に持っていたのか。
遠くでまだ戦闘音が聞こえた。坂の上でまだ島が戦っているのだ。
命に別状がないならば助けに行かなくては。弾正と合流したらすぐに向かおう。
「殿おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
珍しい弾正の大声が聞こえた。お前も島が心配か。
大声を出すのに慣れていないせいか、腹の底から出るような、ひどく必死な弾正の声だった。
「殿おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
なんだ五月蠅いぞ。俺は無事だ。




