第82話 挟撃
1570年8月 肥前今山 筑紫俊介広門
「殿、俺が指揮をとりやす。島の親父が余裕がねぇ」
五郎太がそう言って前へ出た。
右を見ると島が自ら刀を振るう事態になっており、なるほどこちらに指示を出す余裕はなさそうだ。
「装填ゆっくりでいいぞー、ゆっくりでも間に合う。よーし、かまえろー」
緊迫する場面で五郎太ののんびりした声が妙によく聞こえる。
今度はしっかりと射撃のタイミングを合わせられる。
今だ! 撃て!!
先ほどの散発的な銃声とは違う。一斉に発射された種子島の音が響いた。
その効果か、あるいは敵が近づいて当てやすくなったからか、数十人が倒れた。
「槍兵前へ、銃兵は銃を捨てて刀を抜け」
たちまち正面でも敵味方がぶつかり合い、前も横も大声と金属の音がこだまするようになった。そして徐々に強くなる血の匂い。
声からして両軍とも殺意が高いと感じた。敵は槍を合わせて様子見をすることも無い。文字通り体ごと突っこんできたのだ。
一人、二人、敵が味方の壁を越えて俺に襲いかかって来た。幸いに周防組が切り捨ててくれるが、想像を超える敵の勢いに焦る。
まだ五分くらいしか経ってない。
冷汗が流れた。
数百人の殺意が向けられていて、影武者なんてしなければ良かったと思わなくもない。
足がすくんでいた。
ビビってるな、俺は。
筑紫の味方を信頼しているからギリギリ取り乱していないだけだ。
もし守りが崩れたら……糞を漏らした家康とお友達になれそうだった。
そんなのは御免だ。
ふーっ、と大きく深呼吸をした。
小便も漏らしてない。俺はビビっちゃいるが、パニックにはなっていない。
ただ冷静というわけでもないな。それも自覚があった。
決断を迫られているとも感じる。
今の状態で決断しないといけないのか。世の中の名将はとんでもない胆力だ。
そうだ。
いきなり決断をしようとするから焦ってしまうのだ。
状況を整理するのだ。
考える時間くらいはありそうだった。
弾正が率いる博多の兵三千は、混乱した味方が来なくなったら坂を登ってこいと命令してある。
周りを見ると倒れて動かない味方はいるが、混乱した味方は消えていた。
たぶん最初の銃声で逃げ出したのだろう。これならばあと五分か十分か、耐えきれれば博多の兵が来るはずだった。
小川を挟んだ東岸にいる紹運にも緊急の使いを出している。こちらも三十分もすれば来てくれるに違いない。
時間は味方なのだ。耐えれば勝てる。
だが……。
前と横の様子を見る。どちらも激しい余裕のない戦いだった。
味方が来るまでに何らかの決着がつくかもしれない。何人かの敵が味方の壁を越えて襲い掛かって来てもいた。
敵も時間を置いたら不味いと理解しているのだ。
そんな死に物狂いの敵を相手にして、時間稼ぎは難しいように思えた。やるか、やられるかだ。
今、手が空いている兵は自分の周りにいる周防組の三十人だけだ。加勢すれば勝負がつくかもしれない。前に動くなら今だ。
しかし後ろを見ると、地面に座った親貞少年が食い入るように戦を見ていた。
叫んだり取り乱したりしないのは有難いが、この少年を放って加勢するわけにはいかない。
守るものがいなければ、俺だけならば島に加勢していたんだが……。
ふぅ、これ以上は限界か。
親貞を見て心を決めた。
前と右、どちらか片方だけでも崩れれば、俺と親貞のところまで敵が来てしまう。
守る戦いというのは思ったよりやっかいだ。
「親貞様、我々だけでも下がります。山を下って、こちらに向かっている本体と合流しようと思います」
結果論だが、直ぐに下がった方が良かったな。筑紫の常備兵と互角以上に戦える敵が誤算だった。
死兵の強さを見誤ったと思う。
この期に及んで残念そうな親貞を無理やり立たせる。
さらに周防組に指示を出して周囲を囲ませ、武器を抜き臨戦態勢を取らせた。
「島、五郎太! 俺たちは下がる! 死ぬな!!」
「お気を付けを!」
味方を見捨てるような行動を取らざるを得ず、くそっ、と悪態が口から出てしまう。まさに後ろ髪をひかれる思いだ。
下がり始める俺たちを見て敵が一層に騒ぎ出したが、島たちの守りを抜いて来る敵は居ない。
方陣を組んだまま、俺たちは下がり始めた。




