第81話 影武者
1570年8月 肥前今山 筑紫俊介広門
親貞と俺は年齢が同じで背格好も似たようなものだ。万一のために影武者になってやる。
俺の提案に親貞はうなずいて了承した。
「誰か手伝ってくれ」
戦国の鎧は鎌倉から時代が進むにつれて少しずつ着脱が便利になっている。
だから一人で着替えられない事はないが、できれば一人くらい手伝いがいると早くすむ。
籠手と袖、胴と兜、全部脱がずに見た目が目立つ部分だけ着替える。それでも十分くらいかかるだろうか。
着替える指が震える。今襲われたら……。
大丈夫だ、戦の音は遠く小さい。陣幕の外に何人か周防組を立たせている。
危険があれば知らせがある。
ふぅ。
手伝ってもらいながら何とか鎧を着替え終えた。親貞少年ももう少しで終わりそうだ。
その時サッと正面の玄関幕が開かれた。
「殿!」
敵か!?
「島の親父が来ました」
……五郎太の野郎。わざと慌てたように言いやがったな。
冷や汗が引いていく。自分の心臓の音が聞こえるようだ。
あいつの強心臓には見習うべきところがあるな。
五郎太が玄関幕を開けたままニヤニヤして俺を見ていると、その隙間から島が顔を出した。
はぁ、心の底から安心した。
十分ぶりの再会が何日ぶりにも見える。筑紫の兵が来たのだ。これで大丈夫だ。
「殿、お待たせいたしました。その恰好は? いえ、よろしいかと存じまする」
島は隣にいた親貞を見て、いざという時に影武者になることを察したようだ。
「このまま下がるか?」
「いえ、西から敵兵が近づいて来ておりまする。今から退却して背後を追われるのは面白くありませぬ。ひと当たりして勢いを削いでから下がるのがよろしいでしょう」
「わかった。任せる」
視界を確保し、筑紫の銃兵を活かすためだろう。島の命令により陣幕が倒された。
陣幕が倒れると朝日を正面から受けた敵兵らしき姿が現れる。
だが後ろには太陽を背にする筑紫の兵がいた。ザッザッと隊列を崩さずに俺たちの前まで進み止まった。
前には逃げまどっている邪魔な味方が大勢いた。撃てば当たってしまう。
どうするつもりかと見ていると、島の命令で数十人の銃兵が空に向けて発砲した。
「大友陣営で御座る! 前にいる者は味方だろうが撃つ!!」
こだまになって声が返って来るほどの大声で島が宣言すると、右往左往していた味方は目の前から散り散りになっていなくなった。
よし、逃げないで秩序を保っているのが敵だな。分かりやすい。
向こうも島の声でこちらに気付いたようだ。
太陽に照らされながら一触即発の時間が流れる。朝の直射日光が熱く感じた。汗が頬をつたう。
「敵兵の数はわかるか?」
「五百程度でしょう」
五百……いけるはずだ。倍の筑紫の兵で負けるはずがない。半数以上は訓練を積んだ常備兵だ。距離もある。
相手は山登りで鉄砲を持っている様子もない。勝てる。
だが……。
「島?」
島は今まで見たことがないほど厳しい顔をしていた。
「厄介やもしれませぬ。某らが来たことで混乱は収まりつつあります。敵にとって時間は惜しいはずです。ですが遮二無二に向かって参りませぬ」
向かってこない。なにか待っているのか。
——ハッとして、素早く周囲を見渡した。
「島! 敵の伏兵だ!」
北から別の集団が、倒れた陣幕の影を利用しながらじりじりと近づいているのに気づいた。
視線を前に引きつけられてしまったのだ。
正面でないから側面の陣幕を適当に倒してしまい、視界が不十分だったのも仇になった。
俺が声を上げると、北の敵はじりじり近づくのをやめ、叫びながら勢いよく突っこんできた。
すでに鉄砲の距離じゃない。だが準備出来るくらいには距離がある。
「一から三の隊! 右を向け、抜刀!」
島が叫ぶ。
一から三の隊、全て常備兵のグループだ。訓練の成果だ。方向を変えるのが早い。
軍隊に向いている方向を変えさせるのは大変だと聞く。今ほど訓練に感謝したことはない。
ただし部隊が二つに分かれてしまった。
残りの四から十の隊は西正面の敵の備えだな。
こちらも誰かが指揮を執った方がいい。
「島! 俺が指揮を執るか!?」
流石に指揮は必要だ。
「なりませぬ!」
島からすると俺も親貞も両方守る必要がある。だから二人が一緒にいた方が守りやすいのだろう。
それは分かるが一人で両方の戦いを見る気か。
うおぉぉぉ、と北から現れた伏兵が大声を上げると、それが合図になったか西の敵も声を上げ、全力で近づいて来た。
前と右で挟撃される。
「四から十の隊の鉄砲隊は二発撃った後に抜刀。槍兵は前に出て敵兵を迎え撃て! 一から三の隊は某に続け!!」
島が次々と指示を出す。
西の敵が五百なら、北の敵は二百くらいか。数の上ならばまだこちらの方が多い。
たが挟まれただけ不利だ。
それでも互角ならば兵の質で勝てる。
冷や汗をかきながらも俺にはまだ自信があった。
タターン、タタターンとこちらの鉄砲隊が西側に撃ち始めた。
西正面の敵はまだ距離があるから今のうちに鉄砲で数を減らせるだろう。どれだけ減るのか様子を見ていると……。
敵が、誰も倒れない!?
まだ距離が離れているから致命傷にはならないとはいえ、一人も倒れんのか!
戦慄が走る。絶対に不味い。
これが死兵か!




