第80話 今山の戦い
1570年8月 肥前 今山 筑紫俊介広門
「殿っ、西の本陣からざわめきが」
大将である親貞がいる本陣から、いつもの早朝とは違う気配が感じられた。
島に言われなくとも俺でも分かる。戦に慣れて来たかな。
朝方早くまだ暗い時間にもかかわらず、鳥が飛び立ち、兵らが動いている空気がする。
「分かっている。兵の用意も出来ているな」
「無論にございます」
島の格好は戦の準備万端といった出で立ちだった。俺が、敵の朝駆けが来る、と断定する言い方で伝えたからだ。
兵は暗いうちからたたき起こされ食事もすまし、戦の準備を万全に整えてあった。
俺も暗いうちから汁物の朝餉を口にして着替えを終わらせた。
歴史が既に変わっている部分もある。奇襲がない可能性も考慮に入れて、こうなる前に佐嘉城を陥落させたかったのだが能わなかった。
敵が現れないうちに兵を動かすのはリスクがある。こっそり兵を動かして敵が現れなかったら言い訳できない。
幸い親貞はすぐ隣の陣だ。敵襲があってから動いても遅くは無いと思った。
「直ぐに筑紫の兵を率いて西の本陣へむかえ。絶対に走るな。列を乱さずに整然と進め。秩序を回復しに来たのだと見せつけろ。先方に連絡も入れずに向かうのだ。敵だと思われ同士討ちだけは避けねばならん」
敵と同じくらい味方が怖かった。
龍造寺方は誰それが裏切ったなどと叫んで混乱を煽るはずだ。同士討ちが始まってしまえば収集がつかない。
「殿はいかが致しまするか」
「周防組と先行して親貞様の身柄を確保する」
親貞少年さえ生きていれば、例え今山の兵が全滅しても挽回できるのだ。少しでも早く保護したい。
「承知いたしました。御武運を」
島とは最低限の話だけで終わらせ、俺は戦の準備の最後に雷切を腰に差した。
陣幕を勢いよく開けると、周防組が全員膝をついて待っていた。
「五郎太! 全員いるな」
「無論です」
本陣はここから西に一キロもない。そして山の中腹にあって高低差はせいぜい百メートル。
鎧を着ているが五分で行ってやる。
「貴様ら! これより西本陣へ向かう。 俺より遅い奴は勝尾城までの往復訓練だ。駆け足! すすめ!」
時間がないので抗議の声は無視して、すぐさまスタートの合図を出した。
大将とはいえ、かけっこでビリになるのは嫌だ。ビリにはならんぞ。
本陣に近づくにつれて少しずつ混乱が大きくなってきた。
最初は勘の良い者や酔っ払いがちらほら山から下ってくる程度だったのに、徐々にその数が増え始め、駆け足をする者が混じり、ついには悲鳴を挙げながら山から下る者まで出始めた。
ちょっと多くないか? まだ戦の気配がしてから五分程度だぞ。
少し不安になった。
ここを超えると視界が少し開けて、親貞がいる陣幕が見える。何度も来た道だ。早く状況を確認したい。
はぁ、はぁ、はぁ。
鎧が重い。だが先に上に到着している周防組に慌てた様子がなかった。
間に合ったか?
最後の坂を登って見渡すと、混乱した味方が逃げまどってはいるが、親貞の陣幕は綺麗に残っており襲われた様子はなかった。
ただ陣幕の外にいるはずの護衛の兵が一人もいない。
大丈夫だろうか。一抹の不安を覚えながら、駆け足で陣幕まで行く。
「筑紫上野介で御座る。火急につき失礼いたしまする」
返事を待たずに中を開けた。
「遅いじゃないか。待ちくたびれたよ」
そこには親貞があっけらかんとして一人佇んでいた。
「親貞様、御無事でしたか」
……おかしい、他に人がいない。
「お一人でしょうか。相談役の臼杵鎮氏(三男)殿は?」
「こういう時に権力者がどうすべきか、身をもって僕に教えてくれたよ」
うん?
……つまりは逃げたのか。
馬鹿な、そこまで無能な人間がいるのか? 龍造寺と内通しているんじゃ。親貞直属の兵はいないのか。
いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。とにかく誰もいないことを認めろ。
親貞は二日酔いの寝起きのような顔をしながらニヤニヤしている。顔が少し赤い。まさか酔っ払っていないだろうな。
「直ぐに筑紫の兵が参ります」
「ああ、任せるよ」
島が来るまで十分もかかるまい。待つべきか。それとも周防組を連れてこちらから合流しに山を下りるべきだろうか。
思ったより今山が混乱している。臼杵はどれだけ組織だって戦えているんだ。
すぐにでもこの場を離れたいが周防組が三十人しかいないことが不安だった。
西で混乱を起こして反対側で伏兵が待ち構えている。いかにも有り得そうだ。
……たった十分だ。待とう。
漠然とした不安で予定を変えるのは宜しくない。
当初の予定通り、島が連れてくる筑紫の千人の兵を待つ事にした。
とはいえ待っている間の時間は無駄にしたくない。
「親貞様、鎧をお脱ぎください」
「なんだい?」
「私と交換いたします」




