第79話 十七名の戦士たち
1570年8月 肥前 佐嘉城 鍋島直茂
酉の刻(午後六時)、密かに佐嘉城を出立した。
付き従うは僅か十七騎のみ。
まずは西にある同祖村に着いた。
そこでは龍造寺四天王が一人、百武が数十騎を従えて待っていた。
「直茂殿、腕に覚えがある者を三十名ほど集めて参った。いやはや腕がなりますなぁ」
まるで散歩に行くような話し方だ。少し年上のこの男は百人の武勇を有すると中将様に評されて百武を名乗るようになった。
だが大刀を操る妻の藤子夫人にも勝てぬのだと、そう謙虚な冗談も話すこともある男だ。
今、龍造寺で最も武勇があるのは誰かと問われれば、この百武か江里口であろう。
「お主が来ないはずがないと思っておったぞ」
お互いにニヤリと笑い槍同士をカツンとぶつけ合う。
さらに西に進み鍋島村に着くと、そこには成富信種が待っていた。
「命知らずの男どもを二百人ほどかき集めて参りました」
「成富、良いのか?」
成富はどちらかというと内政畑の人間だ。だからこそ、あちこちに手を伸ばしてこれだけの人数をそろえる事が出来たのだろうが、本人が参加するとは思わなかった。
十歳になる優秀な、周囲から神童と呼ばれるような子の父親であった。だが実の子を可愛がることはせず、非常に厳格に教育するような、自分にも身内にも厳しい側面を持った男だった。
「声をかけて回った私が参加せずして、どうして人が集まるというのでしょうか」
「すまんな」
黙って槍を掲げると、成富も黙って槍を合わせてきた。
そして二百を超えた我々は勝楽寺に寄り、そこで勝利を祈願し、心を一つにした。
その時になると日は完全に沈み、周囲は暗くなっていた。
北の今山に直接向かわず進路を西に取っているのは、大友の陣の西に構えている敵兵らが西肥前の国衆ばかりだからだ。
以前まで仲間だった者達だ。そこには大友譜代の将は一人も配置されていない。
つまるところ、西側の敵兵は真面目に働いていないのだ。夜中に我々のような怪しい集団が通っても、明らかな敵でない限り無視を決め込む可能性が高い。
こやつらは四ヵ月におよぶ戦でもろくに働いていなかった。やる気がないのは明白だ。
それゆえに通常であれば夜襲とはいえども平原で成功させるのは困難な策であったが、今回に関しては敵に知られずに奥深くまで進むのは容易だと考えていた。
その後に藤折村へ行くと、自分の右腕たる鴨打が待っていた。
「直茂様、集めて連れてきましたよ。五百名の益荒男です。して、直茂様のその恰好は?」
「良くやった。何、この格好はちょっとした浅知恵よ」
自分はいつもと違う武具を付けていた。それで大将に見えぬだろうが、この暗闇だ。士気に影響あるまい。
鴨打の後ろの暗闇には、姿形は分からなかったが数百の兵がいる気配を感じることができた。
それを感じ取った成富が横から口を出す。
「直茂殿も人が悪い。密かに人を集めておりましたね」
「ふふふ、まぁな」
人を集め始めたのは夜襲の許可を頂くずっと前からだ。そうでなければこれだけの死んでもいいと言ってくれる男どもを集められるはずがない。
鴨打に命じて誰にも悟られぬよう、密かに城の外で集めさせていたのだ。
総勢七百名となったところで、湿田に沿って方向を北に変え今山に向かった。
この湿田で田植えや刈り取りをしているという村の男が先頭に立ち、我々を案内してくれた。
湿田での稲刈りは大変苦しい仕事だ。今までの苦労が役に立って嬉しいと、案内人は喜んで仕事を買って出てくれた。
「いつの日か治水を行いこの湿田を普通の乾田に、そして水が足りない田にはここの水を送り届けたいものです」
成富が自分の思いを代弁してくれた。全くその通りだ。
「馬を捨てよ」
一刻程で自分らは今山の西側に着いた。ここからは崖を登り、崖を超え、山の中を通らねばならない。
愛馬を捨てることに皆抵抗はあったが、馬は賢い、たとえ主人がいなくとも城まで帰っていけるに違いない。
我々は槍を地面に突き立てて崖を飛び越え、時には仲間の背を踏みつけながら崖を超えて進んだ。そうしてようやく敵陣の西側の山まで到着したのだった。
眼前は暗いが、ところどころに篝火が見える。あそこに敵がいるはずだ。
七百名の有志たちは皆、一騎当千を自称する者ばかり。ウズウズと今にも走り出そうにしていたが、ここは逸る気持ちを抑えなくてはならぬ。
「百武、この場を動かず、鴨打が連れてきた五百と共に明け方に敵陣へ攻撃せよ」
「おうよ」
「よいな、時が勝負だぞ。敵の応援が来るまでに決着をつけねばならぬ」
最初の一太刀で一人斬ればいいだろう、と百武が自信のほどを覗かせて言った。
こやつだけで全ての敵を蹴散らしてしまいそうだ。
「成富、率いた二百で篝火の北まで移動し、百武が攻撃したことを確認したのちに敵陣に攻撃をしかけよ」
「ははっ、直茂殿はいかがいたしますか」
「自分は十七名で東側まで回り込む」
夜討ちをすると知らせて真っ先に駆け付けた十七人を連れて行くつもりだ。
少数であれば時を要せずに東まで回り込めるだろう。忍びからの報告では、敵は夕刻まで宴会をして過ごしていたらしい。
急がなくては、東にあった月が西に沈みつつある。あと一刻もせずに明るくなるはずだ。
「直茂殿、御武運を」
この場に留まる百武が武運を祈ってくれた。
決戦を前に血液が泡立つのを感じる。
「次に会う時は地獄やもしれぬな」
「再開したならば互いに何人切ったか競いましょうぞ」
百武らしい言い方に、その場が明るくなった。
そして我ら十七名は、山の中を馬が掛けるようにして東へ進んだ。
皆にあらかじめ、親貞の特徴を伝えている。
齢十四、瘦せ型。年齢通りの顔つきで、鎧に大友の家紋がついている。
空が明るくなる前に敵の篝火を目印に東側まで来ることが出来た。
あの篝火が敵の何なのかは分からないが他に印がない。大将の陣幕やもしれぬし、単に近くに崖があって危険がないように夜も照らしているだけかもしれない。
ここまで来ればもはや天運に任せる他ないのだ。
茂みに隠れ時を待った。
ただ……今山の東の麓に、本陣よりも明らかに多い明かりがあるのが少し気になった。
あれはおそらく食事の火だ。このような時間に温かい食事をとっているのか。
嫌な予感がした。
そして夜が明けた。




