第78話 鍋島孫四郎直茂が参る
1570年8月 肥前 佐嘉城 鍋島直茂
戦が始まり四ヵ月、佐嘉城は何とか持ちこたえていた。
堀を埋められた城というのは、本来丸裸にされたような物なのだ。これを耐えているのは鉄砲のおかげであろう。
鉄砲をいかに多く集めるかが、今後の戦の趨勢を左右するに違いない。
城を守っている味方の顔には疲労の色が強く出ていたが、目に光は残っていた。もうしばらくは耐えられるやもしれぬ。
だがこの、まだ少し大丈夫だ、というのは大変危険でもある。勝負に出るならば余裕があるうちに仕掛けねばならぬ。
「直茂様、忍びが戻ってまいりました」
「空閑か、それで、なんという報告だ」
「敵が一度陣地に引いたのは総攻撃の前触れでありました」
最後の南の堀まで埋められたところで、目の前にいた敵が全て居なくなった。
だが帰ったのではない。陣に戻っただけだ。総攻撃の前触れだと見ていたが、やはりそうであったか。
「やはりな。攻めてくる時期は分かったか?」
「それが坊主に化けて潜入したところ占いを所望されまして、占った振りにて八月二十日の吉日が良いだろうと答えるとその日に決まったそうです」
「ふん、のんきなものだ」
「親貞という敵の大将、軽薄でありながらも尊大な様子だったそうで御座います。親貞の一言でその日に決まり、最後に大宴会をすることも決まったのだとか。おそらく兵糧を余らせるくらいならば大盤振る舞いをしようと考えたのでしょうな。浅はかな人間が良く考える手です」
「会ったのか?」
「遠くからだそうですが、立派な大友の家紋を付けた十四の少年です。見れば分かるかと。標的を見誤ることはないのが幸いですな」
「結構な事だ」
決行日が分かった事も大きい。総攻撃が始まれば昼夜問わずの攻撃となるだろう。味方はまだ血気盛んだが、それが続けば城が持つとは思えなかった。
その前に決着をつける。
「夜襲に賛同した者はどれほどいたか」
「それが……、色よい返事があったのは僅かでございます」
「そうか」
まぁ良い。どうせ大勢を連れては行けぬ。我こそはという少数の方が勝算はある。筑紫は僅か三十騎で毛利の様子を探り潜入したのだという。ならば自分もやってみせるまでよ。
「中将様に攻撃の許可を頂いて参る」
四ヵ月近くの防衛により、中将様の御心は幾分か回復していた。今では冬まで籠城すれば大丈夫だと希望を抱くようになっている。
だがそれは無理な話だった。
堀が埋まってしまったのだ。掘り無しにこれ以上の籠城は不可能だ。
堀を埋めていた兵は筑紫と高橋紹運の旗を掲げていたな。あの二人、前回といい今回といい、上手いこと邪魔をするものよ。
筑紫が堀を埋めている間に紹運が守っていた。隙も無かった。
二人は父親を同じくする娘を娶ったのだという。連携がなされた軍はやっかいだ。
もう城は持たぬな。
死中に活を求める時が来たのだと思った。
そのように中将様を説得するため、自分は一人の女性に声をかけておいた。そして賛同いただけた。これで中将様を説得できるはずだ。
「中将様、失礼いたしまする」
「なんじゃ孫四郎(直茂のこと)」
平伏しながら中将様のご様子を観察する。酒を飲み、手が震えているのが見て取れた。取り乱さなくなっただけマシだが、これでは頼りない。やはり自分がどうにかせねばならぬ。
「中将様、南の堀も埋まり申した。そして二日後、大友の総攻撃が始まるとの知らせが入りました。さすれば城は持たぬでしょう。その前に機先を制したく存じます。有志を募り、夜襲を仕掛ける許可を頂きたく候」
「ば、馬鹿を申すな。お主は昨年にそれを言い。し、失敗したではないか!」
中将様の震えが激しくなり、酒が入ったままの盃を投げつけられる。頭を狙われたそれを叩き落として大声で説得した。
これで目を覚まして頂ければっ!
「中将様! 四方から昼夜問わずに攻め立てられれば、もはや城は持ちませぬ! その前に攻撃の下知をくだされっ!!」
「うるさい! 冬までに耐えれば良いのだ。四ヵ月耐えたのだ。あと四ヵ月ではないか!」
駄目だ。かくなる上はあのお方においで頂く他はない。
中将様の正面から横にずれて手を叩くと、襖が勢いよく開けられ、登場の準備をしていた、あのお方が御出でになられた。
「長法丸っ! 泣き言を言ってるんじゃないよ!」
現れたのは慶誾尼様だ。中将様の実の母でもある。
中将様が幼いころから数々の龍造寺の危機に意見し、乗り越えてきたお方だ。自分は彼女が動じたところを見たことがない。
政にも口を出すが、それは実に適切であり、密かに尊敬している女性でもあった。
「げぇ!」 と声を出して中将様が後ずさるが、すぐ後ろは壁である。
「長法丸! それではまるで猫を前にしているネズミではないか。孫四郎に任せて夜襲を命じるんだ」
このようにして夜襲の許可を頂けることが出来た。
部屋を出たところで礼を述べる。
「慶誾尼様、ありがとうございまする」
「孫四郎、あんたいい顔になったね。長法丸の後ろに隠れるばかりの小僧だったのに、一丁前の男になったじゃないか」
そう言って慶誾尼様は、中将様のような大きな体を揺らして御笑いになった。
「そのように言ってくださるのは慶誾尼様だけで御座います。重ねて御礼申し上げまする」
「いいのさ、息子が困っていたら手を貸すのが母親ってもんだ」
慶誾尼様は、中将様の実の母だが、夫を亡くしたために今は自分の父と再婚していた。
つまり自分の継母でもあるのだ。
慶誾尼様が去った後、自分は有志を集めさせていた同志の円城寺の元に足を運んだ。
「直茂殿」
「円城寺殿、夜襲の許可はいただけたぞ。して、何人集まった?」
「それが、秀島淡路、成松刑部、倉町大隅、同近江、諸岡尾張、納富越中、石井伊豫、安住安藝……の僅か十七名でございます」
「十七名か、自分もよくよく慕われたものよ」
筑紫の三十人より少ないが、当主でない自分なら十七名も集まれば十分である。
九万の大軍勢へ立ち向かう命知らずの男たちが十七人もいるのだ。
「明日の酉の刻に出立する。そう伝えよ」
「ははっ」
ああ、実に楽しくなってきたぞ。今夜は寝られるだろうか。いや今晩は寝なくとも良いのだ。楽しき心で一晩を明かし、夜が明けてからぐっすりと寝るのだ。さすれば夜襲をしかけるに丁度良い時刻になるに違いない。
待っておれ大友め。この鍋島孫四郎直茂が参るぞ。




