第77話 第二次佐嘉城包囲網
1570年8月 肥前 佐嘉城 筑紫俊介広門
太陽は頭上で天高く、サンサンといつまでも戦争をやめない愚かな人間たちを照らしている。
太陽から見たら人間どころか地球でさえ点にしか見えない。人間なんてミジンコ以下だろう。俺はミジンコだ。
暑い。変な事しか考えられん。
八月だ。佐嘉城を包囲して四ヵ月たった。当初は勢いがあった大友軍だが、強い抵抗にあって意気が消沈。
痺れを切らした大将の親貞少年から意見を求められ、俺はここぞとばかりに堀を埋めるべきだと進言した。
武功になりずらい地味な仕事だった。
お前たちには丁度良い仕事だと、親貞の近くで控えていた臼杵兄弟から綺麗な歯を見せられOKサインが出た。初めて二人に感謝したよ。
「地味な仕事を一緒にさせることになり申し訳ありませぬ」
俺の堀を埋める作業が敵に邪魔されないように、いつも近くで守ってくれている紹運に詫びを述べた。
「そんなことはない。実際に有効な攻め方だ」
大量の麻袋を用意するのに一週間、それに土を詰め込み、あるいは米の代わりに土を入れた米俵を堀に投げ込むことで、着々と堀は埋まっていった。
掘り埋め作業に取り掛かっている間も攻撃は続いているからか、あまり邪魔はなかった。龍造寺からしたら今攻められている場所の方が優先であるのだろう。
それでも矢弾が飛んでくるから命の危険はもちろんあった。
去年、島がここの水堀に落ちて腰までの高さしかない事を確認している。戦いながら堀を埋めるのは大変だが、このくらいの深さならば無茶な仕事ではない。
水堀の深さは立派な軍事情報だ。江戸時代では理由なく水堀に入れば極刑だった。去年の戦で堀の深さを知れたのは良かったな。
いきなり堀を埋めに行くのではなく、途中に土嚢袋を積み重ねた壁を用意し、その壁に隠れながらまた次の壁を作る。
そんな地味な方法で堀へ近づいて行った。佐嘉城からは矢弾が飛んでくるが、土嚢の壁に隠れていれば当たる事はない。
ただし壁から壁へ進むときには、ここぞとばかりに狙われてしまうのだが……。
とはいえ土嚢袋は盾にもなるから、これを掲げながら進めば致命傷にはならなかった。
あとは胸と腹に竹束を付けておき、帰りはこれを背中に付けて走るのだ。
仕事中に誰か目の前で息を引き取ると士気がガタ落ちするから注意が必要だ。
幸いこの方法で何ヵ月も経つが即死したものは一人もおらず、士気は保てていると思う。
手足に当たることはあるが、弾を抜き取ってアルコール濃度の高い酒で消毒し、清潔に休ませておけばそうそう死ぬことは無かった。
攻城準備の危険性に対する兵の感覚は、戦で死を恐れずに戦え! って最前線に立たされるものとは全く違うようだ。
死の危険性という意味では槍を持つのも、土嚢袋をもって走るのも同じように思える。
だが詳しく話してみると土嚢袋を持つのは、現代でも存在する危険作業、例えば劇薬や高温の炉、高所作業などをする感覚に近いようだった。
つまり安全性に気を付ければ効率は上がる。そう思って戦国の世では過剰なほど安全に気を使ったところ、実際に効率が上がった。
20世紀初頭にアメリカが安全第一にしたら生産性が上がった現象と似ていると思った。
「筑紫の銃兵の腕前は素晴らしいな」
紹運からお褒めの言葉を頂いた。
あまり見て欲しくないのだが……。
ところどころ大きい壁を作り、そこに銃兵を五人配置させ、壁から壁へ移動する土嚢の運び人らを援護していた。
銃兵の五人のうち一人は周防組だ。咲弾であればこの距離でも高い命中率を誇る。
紹運がいるところから距離も離れているし、咲弾持ちは五人の銃兵の中に隠してあるから紹運も火打銃には気づいていないようだ。先ほどから高い命中率ばかり気にしている。
当たるのは偶然だよ、偶然。
道雪は去年、ここで試験していた早合に直ぐに気づいたからな。注意しないと。
「たまたまでしょう。今日は八幡大菩薩の加護があるようです」
「いや、先日もそうだったのだが……」
話題を変えた方がいいな。
こんな感じで五月から三ヵ月かけて西門がある西堀を埋め、次に小さな北門がある北堀を埋め、東堀も埋め、そして今埋めているのが最後の南堀だ。
ここを埋めれば敵城の堀は全て無くなる。これで敵の士気が挫けて欲しい。だが今のところ敵の抵抗は思いのほか頑強で、俺の方が挫けそうだった。
「紹運殿は、これまでのところをどう見ますか?」
「どう、とは?」
城が落ちない。史実より多い兵数で囲み、堀まで潰したのに頑強に抵抗している。
焦燥感が募るばかりだ。
「堀を埋めたこと、これは効果があったと思います。味方の士気は高まり、複数の方向から攻めることが出来るようになり、兵数の利が活かせるようになりました」
「うむ」
紹運が同意を示すように相槌を打つ。
「しかし城が落ちませぬ。何故落とせないのか不思議に思っていたところです」
佐嘉城攻めは二度目だが前回より確実に押せている感触はあった。だが落ちない。
「そうだな」
紹運は城を見ながら見解を述べた。
「まずは敵の銃の数が多い。狭間から覗く銃口が昨年の何倍もある。おかげで堀が埋まっても、塀にハシゴを立てることすら困難になっている」
銃の数が多くなっていたのか。俺は昨年の戦だと撃ち合う機会がなかったからそれに気づかなかった。
「次に兵糧と矢弾の贅沢さが見て取れる。倹約している様子がないな。倹約の命令は足軽でも分かる劣勢の印だ。それが無いうちは士気は低下しないだろう。兵糧もしかりだ。敵の数が多かった方が兵糧の減りが早くなり好都合だったやもしれぬ」
納得ではあるが良い状況ではないな。
「このまま落とせると思いますか?」
「それは問題ないな。四ヵ月もの戦いで敵が疲弊しているのは間違いない。南堀も埋まった後に四方から総攻撃を行えばひとたまりもあるまい。どうやら臼杵は我々が堀を埋めることを見越して、攻城用のハシゴを多く用意しているそうだ。今まで何もしてこなかったのに準備万端なことだな? おかげで次の総攻撃の下知があれば、それで仕舞だろう」
総攻撃、それは今山の戦いのフィナーレでもある。その前に佐嘉城を落としたかったが……駄目だったか。
着々と迫る運命の日。だが俺の陣は幸いにも親貞少年のすぐ隣だ。
隣に筑紫の兵千と、博多の三千がいれば問題無いはずだ。史実だと奇襲を仕掛けてくる龍造寺の兵は千もいないと伝わっている。
親貞の陣では臼杵三男の兵二千が守っている。弱兵であっても何十分かは耐えられるだろう。その間に筑紫の千が到着する。
常備兵が中心の訓練を積んだ千人だ。それで勝てると思うが、現地は混乱してるだろうし、上手くいかない場合は親貞だけ守っていればいい。
守っていれば百姓兵の博多の三千も僅かな時間差で到着する。それで決着だ。
怖いのは味方の混乱くらいだと思う。虚報に惑わされない様にすること、あとは初動を絶対に遅らせない様にすることが大事だ。
そして最後の堀が埋まったその日、俺たちにいったん陣に戻るように命令が来た。態勢を整え直し、いよいよ総攻撃が始まるのだ。




