第72話 大友親貞
1570年3月 高良山 筑紫俊介広門
「君が上野介か、本当だ、若い。僕と歳が同じそうだね。噂には聞いてるよ」
「は、恐れ入ります」
俺は高良山にいて宗麟に社殿での会食に呼ばれた。
同じく呼ばれた国衆と共に、社僧に導かれて鳥居をくぐって進み、案内された場所がここだ。
ここは神社の舞台だ。本来であれば五穀豊穣などを祈願したり、神楽を踊ったりする場所だ。
その神聖な舞台に敷物が敷かれ、膳がおかれ、戦場とは思えない料理が並べられていた。
こんなところで食事をして良いのか。そう思うのは権力者の狙い通りなのだろう。
要はこんなに好き放題、我儘にできる権力があると見せつけているのだ。
しかも早い桜が咲いており中々に風流だった。権力の誇示とセンスを同時に見せつける大友らしいやり方だと、かつてシルクの端で包まれた砂糖菓子を渡された時と同じことを思った。
席に着いて早々に話し始めたのは、大友親貞だった。宗麟の弟、そしてもしかしたら息子かもしれない少年だ。
義父殿はそれを俺に伝えて何を言いたかったのだろうか。紹運は行けば分かる、としか言わなかったが。
「筑紫上野介、楽しみにしていたよ。戦では大いに活躍しているそうじゃないか。僕と同じ歳にそのような者がいて心強いよ」
親貞は俺よりも細身の、武士というより現代の学生のような印象を受ける少年だった。
「筑紫上野介広門で御座います。恐れ入りまする」
皆が挨拶を終えて会食が始まったが宗麟は口を開かず、傍らの弟に好きに話をさせていた。
話は国衆らが自己紹介をして自分たちの事を話す。そして弟の親貞が質問をする、という形式だ。
今回参加している国衆に有力人物はいない。自然と俺が話す回数が多くなった。
「上野介は御義父上と確執はないのかい?」
親貞は上に立つ人間の様に無遠慮に、そして少年らしく素直に気になったところをズケズケと聞いてくる。
「斎藤殿が良くしてくださっているお陰で上手くやれておりまする」
「羨ましいね。僕も甥の長寿丸様と上手くやりたいのだけど、なかなかそうもいかなくてね」
長寿丸、宗麟の嫡男だ。まだ十二歳のはずだ。孫大夫と同じ歳だな。
「親貞様、その話はこの辺で」
隣で口を出してきたのは臼杵兄弟の次男の新介鎮続という男だった。
次期臼杵家の当主がまだ幼いため、この男が後見人になる、現当主の鑑速が病気がちなので、臼杵家の実質のトップとなりそうな人物だ。
この男は博多の西隣にある糸島を治めることに失敗して宗麟から帰ってくるように言われたりと、良い評判を聞いたことがない。
「そうだね、楽しい話をしようか。上野介は昨年も龍造寺と一戦交えたそうじゃないか。その話を教えてくれないか」
親貞は大将としてこれから戦う龍造寺のことを詳しく知りたかったのだろう。俺は素直に戦で経験したことを話した。
「へぇ、道雪も近くにいたのか。彼とも話をしたかったな。雷を切ったかという刀を見てみたかった」
「雷切であれば私が預かっておりまする」
あんな貴重な物、俺は貰ったとは思っていない。預かったつもりでいる。
「え、そうなのかい? それじゃあ見せておくれよ」
そう言って目を輝かせる様子は幼く見えた。
「会食の場に刃物を持ってこれませぬので、後日であれば」
「まぁ仕方ないか。後日、必ずだからね」
紹運から行けば分かる、と言われた言葉の意味が分かってきた。これでは宗麟の弟である親貞のお披露目ではないか。
会食で当主宗麟の隣にいて、諸国の責任者と会話をさせる。ちょっとした有力者を紹介するには仰々しすぎる。
俺には皆に後継者を紹介している様にしか見えなかった。これだけでは判断できないが軽率なパフォーマンスには違いない。
嫡男を押しのけるつもりか?
宗麟は本気か?
昨日話した紹運の言葉が思い出される。
『宗麟様はパテレンの教えに傾倒してから、正室の奈多夫人と折り合いが悪いようだ。そのせいで嫡男の長寿丸様とも疎遠となっている。長寿丸様もそれを感じて、近頃は酷く荒れているらしい』
『親貞様は宗麟様の息子ではないかという話だ』
ああ、なるほど、しっくりきた。
『可能であれば親貞様にお近づきになっておくように、というのが御義父上からの伝言だ』
くそ、思いっきりお家騒動じゃないか。
『臼杵派が取り入ろうと熱心なようだが。私の兄上は慎重でね。とはいえ全く伝手がないというのは不味い。義弟殿がこれを機に近づいてくれると助かる。幸い歳も近いようだからな』
口角を上げなら話していた理由がわかった。紹運め、この状況を楽しんでいたな。
大友家にあった入道派と臼杵派、二つの派閥は共に協力して宗麟を押し上げていたが、近年それが崩れつつある。越前入道が亡くなり、更には臼杵派のトップである臼杵三兄弟の長男、鑑速の爺さんが、病気を理由に幼い息子へ家督を譲ることになったからだ。
まだ臼杵の爺さんは五十代のはずだが、あれは酒の飲み過ぎだな。
それで後見人となる臼杵次男が、三男を従えて次を見据え精力的に動き出している。
目の前にはその次男がいるな。こんな風に宗麟弟の親貞に取り入ろうとしている訳か。
入道派は越前入道の嫡男が大人しい人物であることから、紹運の父と兄が主導して引き継いでいるらしい。義父殿も俺も、自然とこの派閥に組み込まれている。
『父上と兄上は問題を大きくするつもりはないようだ。義弟殿も上手くほどほどに親交を深めてくれたまえ』
そんな風に紹運は言っていた。
思いっきり政争じゃないか。
お家騒動に政争を混ぜて、それを戦に突っ込ませるだって!?
クラクラしてくる。考えられる最悪の組み合わせだな。
親睦を深める宴のはずが、余計な問題まで深めているように思えた。
戦の話が好きなのか、親貞とは会話が弾みながら会食は進んだ。
水城の話をせがまれ、それを話し終えると、親貞はこの話にいたく感動したのか隣の宗麟の方へ振り返ってこう言った。
「兄上、筑紫は高良山で待機の予定だったね。どうだろう。こういう勇士が僕の近くに居てくれると大変心強いのだけど」
宗麟と弟のフランクな会話に国衆たちが驚きを見せている。例え兄弟でも当主に対する言葉ではない。それを許すだけ宗麟は弟に心を許している、とも言えるが……。
ギロリと宗麟の鋭い目線が俺に向けられると、ざわついていた国衆が黙った。俺は何も悪いことは言っていないぞ。せがまれて普通に戦の話をしていただけだ。
理不尽な気がして睨み返す。
宗麟はお付きに布陣図を持ってこさせ、ふんぞり返りながら眺めはじめた。
「吉弘(紹運の父兄)の陣を一つ横にどけろ。空いた場所に筑紫の陣を入れる。新介(臼杵次男)も問題ないな? お前たちは吉弘が親貞の隣に布陣していることに苦言を申していたからな」
「苦言などとは、私はただ親貞様の近くにはもっと相応しい立場の者がいるべきだと……」
臼杵次男の汗はたらたらだ。
後で確認すると臼杵は親貞から一番離れたところに布陣されていた。それで文句を言っていたのだろう。
「ならば問題ないな。筑紫は博多津の物主なのだ。そうであろう上野介」
「とんでもありませぬ」
俺が頭を下げる向こうで、宗麟は手元の布陣図に何か書き足して御付きに渡す。
「布陣を変更したぞ。筑紫も元々は前線を希望していたのだ。異論あるまい」
「希望をお聞きくださり、ありがたく存じます」
「兄上、ありがとうございます」
親貞の礼を聞いて宗麟が優しい表情を見せた。
あんな顔ができる人間だったのか。
厳しい、ムスッとした顔しかしない印象だったのに。
宗麟は小声で何か弟に話をしているが、その内容は聞こえなかった。だがその様子は先月俺が孫大夫に話したような、大事にしている雰囲気は感じられた。
そして親貞と俺の話は終わり、その後の会話の中心は他の国衆に移った。その間に宗麟は口を開くことも無く、厳しい顔を崩すこともない。
いつもの鉄面皮だった。




