第69話 大抜擢!? 孫大夫
1570年2月 立花城 筑紫俊介広門
孫大夫を呼ぶと、緊張した面持ちで俺の前まで来て座り、姿勢を正した。無理もない、評定で目の前に呼び出すのは初めてだ。
だが孫大夫はガチガチに緊張しているものの、しっかりとこちらを見つめ返している。
逞しくなったな。
視界の端では爺が凄い目で俺を睨んでいた。孫が心配なのはわかるが取って食いやしないって、俺を何だと思っているんだ。
「これから言う事は断ってくれても構わない。それでお主が不利益をかぶることはないし、今後の俺の態度が何か変わるという事も絶対にない」
こんな風に言ったら逆に断りにくいよな。みんなの前でこんな出口を塞ぐような言い方はするつもりはなかった。だけど俺はしっかりと見つめ返す孫大夫を見て大丈夫だと思ったんだ。
俺は孫大夫の頑張りを認めているし、だから皆にも俺が認めている事を見せておきたかった。そうすれば誰も孫大夫を軽んずる事はしないだろう。
特に新人の薦野には孫太夫がここにいる意味を示しておきたい。
「俺は若者は挑戦すべきだと思っている。だが無理強いしては意味がないとも思っている」
孫大夫は俺が真剣に想って考え話している事が伝わったのか、少しずつ緊張の様子が薄れていった。
「そして若者が挑戦するのであれば周囲は助けねばならぬと思っておるし、俺はまさに爺や島に助けられて当主としてやってこれた」
本心から言っている。常識を知らない小僧だったのだ。周囲の助けなしではどうにもならない。
「だが残念ながら全ての若者にこういった好機が訪れるわけではない。爺や島も、俺であれば、と思っていたからこそ助力したのだ。それは俺の今までの言動や行動を見て判断されたものであろう。あるいは予断が許されぬ状況があったのやもしれぬ」
孫大夫、十二歳か。俺が元服したのもその頃だったか。
「俺も普段の孫大夫を見て挑戦できると判断したからこそ提案する」
「何なりとお申し付けください」
しっかりと答える姿に成長を感じた。俺の小姓となって二年、お前なら出来ると思うから言うのだ。
「……断ってくれてもいいからな?」
不安になって一言付け加えると、孫大夫が苦笑いして見せる。
余計な事を言ってしまったな。
「こほん、では。水車を作った村を覚えているな」
「はい」
「あそこで銭作りを行いたい。先ほどまでの話を聞いていたな。つまり銭作りをいつまでも片隠れの里で行っていては色々と不都合なのだ。山から下りた少しばかり広い土地が必要だ。幸いあの村は水車もあって職人が多いようだ。それに前々から薦野の知行地だったそうだぞ。話は進めやすいだろうな」
俺が薦野を見ると黙って頷いた。
まったく、道理で俺が行ったときに村人らが好意的だったわけだよ。地元の有力者の口添えがあったわけだ。
あんにゃろう、それを黙ってやがった。俺が無茶を申し付けると思っていたのかな。
あの村から少し離れたところに岩門城という小さな城があって、立花時代の頃からそこは薦野の城だったのだ。
黙っていた罰であの村は没収する。罰というのは冗談だが直轄地にする必要があるから取り上げるのは本当だ。何らかの補填はするけど。
その時だ。俺は爺以外の強烈な視線を感じた。一番奥で弾正が黙ってこちらを見ていた。弾正の心の声が聞こえる気がする。
『殿が周防組を手放していれば、こういう小さな城は任せられたんですよ。今じゃそこら中が元立花家臣の城ですよ。もう筑紫家じゃなくて立花家ですね。ハッハッハ』
あの目はそう言っている。あいつはエスパーか。馬と話せると言っていたから本当にそうかもしれない。
「片隠れの里と同じものをご用意したいとお考えでしょうか」
ハッ! 孫大夫が弾正の幻術から現実に引き戻してくれた。
「そ、そうだ。だから関所を設けて人の出入りを禁止する必要があるぞ。中では銭を作るからな。外に知られるわけにはいかぬし、村人に持って逃げられても大問題だ」
孫大夫は考え込んでいる。自分にできるか、それともどうやろうか考えているのかもしれない。あの顔は後者かな。アドバイスしておくか。
「塀は高くしろよ。銭だけ壁を越えて外に投げるという方法もある。外に仲間がいれば容易だ。だから外との連絡も禁じねばならんな」
いろいろと考えることが多いだろう。孫大夫はこれから周囲と相談しながら進めなくてはいけない。
「銭作りに必要な道具をそろえるのには全く心配していない。孫大夫はここにいる誰よりも物つくりに詳しい。俺に付いて俺が直伝で教えたからな」
孫大夫は否定しない。自信がある表情だ。そんな顔を見れて俺も嬉しい。
「セメントの原料が目の前にあるのだから、関所はコンクリートで固めて作ってしまえ。この際だからなるべく広い土地を確保するように。田のいくつかは放棄せねばならんだろうな。それに耐えきれぬ村人も出てくるはずだ。薦野と共に武力で抑えよ。賛同できずに逃げ出す村人は無理に止めんでも良い。代わりの人間は外から雇い入れれば良いのだ。村で何十年も閉じ込められて生きることになる。そこは説明しておけよ」
つい心配でたくさん話してしまう。
現代人からすると囚人のようだが、この時代の百姓は村で一生を過ごすのは割と普通だったりする。俺が思っているよりはマイナス点ではないはずだ。
「その辺の細かい進め方は乃美に手伝ってもらえ。薦野が意地悪をするようなら爺に言えば良い」
「そのような真似は致しませぬ」
薦野がムッとした顔ですかさず口を挟む。
「どうだかな。あの辺り一帯が自分の知行地だと言わなかったからな」
「殿が存じていて私を連れて来たのだと思うたまでです」
まぁ、たしかに。
たまたま上司に連れていかれた場所が自分の知行地だったら、狙いがあって連れて来たのかと思ってしまうのも道理か。
「という訳で薦野助けてくれるそうだ。良かったな」
「よろしくお願いいたしまする」
と薦野が孫大夫に挨拶した。
どうやら子供だからと薦野が軽く見ることは無さそうだ。ホッとする。
「だいたい半年を目途に製造できるようにして欲しい。これが出来たならば前々から頼まれていた元服を認めてやってもよい」
「誠にございますか」
「誠だ。それだけの仕事だ。爺も反対せぬな?」
爺に視線を向けると深々とお辞儀をしながら返事をした。
「無論に御座いまする」
「どうだ、孫大夫。受けてくれるか」
そう言うと孫大夫も爺そっくりに深々とお辞儀をしながら返事をする。
「謹んで拝命承りまする」
「うむ、宅之丞! そういう訳だ。堺には二倍までは保証するが、三倍は準備が立て込む故、必ずしも保証しかねる。まずは二倍の量で半年、更に三倍にするかは次の契約時に相談したい、とお伝えせよ」
「ははぁ」
孫大夫、俺は戦で助けられない。
だけどきっと出来ると信じている。お前も自分を信じてくれ。
俺はこれから起こる史実を大きく変えるつもりだ。出来るか分からないが、少しずつ史実は変化している。きっとこれから起こる事も変えられると信じてやってみるさ。




