第67話 織田の意向①
1570年2月 立花城 筑紫俊介広門
深刻な顔をした宅之丞が新たな議題を切り出した。
「この場にいる幾人かの御方には既にお伝えしておりますが、堺から三倍もの量の割銭の修繕を求められております」
俺は先に話を聞いていたが、皆のためにも確認の質問をした。
「これまでのように割銭を買って欲しいのではなく。かといって新たな銭を改鋳して欲しいのでもなく。修繕が求められているのだな?」
「はい」
つまりリサイクルしていることは知ってるし、堺商人もそれを認めるから渡した銭はちゃんと返してね、ということかな。こんなことをするのは銭が九州に流れて帰ってこないことを危惧しているのだろう。
今までは割銭を購入という形で取引していたが、必ずしも銭で払っていたわけではない。物々交換で割銭を得た時もあった。
なんで物々交換かって? 市中に銭が足りないからだな。
なぜ市中に銭が足りないかは、おさらいになるが、この時代の日本は中国から銭を持ってきて使っているのだが、貿易が禁止されそれが出来なくなった。
それは直ちに大きな問題にはならなかったが、手元の銭が摩耗して壊れたりして、徐々に銭が足りないという問題が表面化し始めたのだ。
地方の中核都市でも物々交換の記録が残っている。米、塩、布が多いかな。
現代でも現金か、銀行振り込みにするか、クレジットやウェブマネーを使うか、といった複数の支払い方法があるのと似たような感じなのかもしれない。ポイント等の方がお得ならば現金を使わないのは自然な流れだ。
相手が物々交換で欲しいものを持っていれば、やはり現金を挟まない分、得に取引できる。
「三倍の量とは穏やかではありませぬな。誠にございまするか」
「薦野様、誠にございまする。さらに今までは月一度の取引だったものを、半年にまとめて取引したいとの事です」
毎月お互いの代表が顔を合わせて取引を交わすのでなく、信用したので半年に一回だけ顔を合わせて取引書を締めて無駄を無くしましょう。
そして堺では年単位で割銭を安定してお渡ししますよ。だからあなた方も供給を保証してくれませんか?
そんな感じだ。堺とは二年近く取引をしていて約束を取り違えた事はない。だから半年の取引については問題なさそうだが……。
あと半年もすれば三好と本願寺が挙兵して大坂で織田と戦になるんだよな。近くの堺でも多少の混乱が起こるかな? 多少は注意を促しておくか。
「その量、はたして捌ききれまするか?」
薦野は垂れ目を垂らして心配そうにこちらに聞いてくる。
薦野には煙集めで片隠れの里に来た時に、銭作りに関しても見せてある。
咲弾は見せていない。あれは本当に俺と爺と島、そして孫大夫しか知らない。
「普通にであれば無理だな」
「なぜ唐突にこのような要求が来たのじゃろうか。単に無理を言って値切りの要求をしておるのでは?」
「それはない。爺、恐らく織田の意向を反映させたものだろう。そうであったか? 宅之丞」
知らせを受けて、俺はまずこのことを宅之丞に確認させた。信長は堺の町で戦にならない様に、年数をかけて慎重に支配下に置いたのだ。
去年は二万貫の支払いを堺に求め、その後に有名な豪商、今井宗久を堺の代官職に置いた。
そして完全に支配下におくために今年は直接の部下を送り込むはずだった。
「織田から堺政所(後の堺奉行)に就任された松井友閑という男が、堺商人に命じたものらしいのです」
松井友閑、信長の秘書だった人間だな。元々幕府に仕えていたが剣豪将軍の足利義輝が亡くなってから信長に仕えるようになった。
畿内をよく知る畿内経済のブレーンだったと目されている人物だ。
時の権力者の秘書的な人間が堺を支配するのは、やはりそれだけ重要な町なのだろう。秀吉に対する三成も堺の政所だったし、家康の小姓だった成瀬もやはり堺の政所に任じられている。
今回の要請は織田からの意向だと考えて良さそうだ。
本能寺の変が起こるのは八年後。それまでに色々あるとはいえ、基本的に信長の天下であることは間違いない。
「織田は着々と畿内を治めつつあるようだ。その要請を断るのはあまり得策ではない」
「殿! 戦が迫っておるのですぞ」
「島あせるな。動かすのは職人だけだ。兵数には影響は出さない。それにこれは戦のためでもある」
そう言っても島の目は不服を見せている。合点がいかないようだ。
「筑紫の兵は今や半数以上が銭で雇った常備兵だ。それゆえに勝ってきた。博多もそうせねばならぬ。だがな、そのための銭はどこから持ってくるのだ」
「博多からの税収からでは能わぬので御座いましょうか」
「無理だな。関税からの益は宗麟様から上納を求められている。何年も支配していたから博多の懐事情は分かっておろうな。誤魔化すことは出来ぬぞ」
島が黙る。だんだんと事情が呑み込めてきたようだ。
「先ほど話した櫛田神社の社殿を作るにも銭がいるぞ。作るのを辞めるか? 一揆が起ころうな。そういう訳でな。なんとしても膨大な偽銭作り——いや畿内を支配している織田からの修繕依頼なのだ。もはや偽銭ではないな。日ノ本全土で使われるであろう銭作りを実現せねばならん」




