第65話 戦の準備(今山の戦い)①
1570年2月 立花城 筑紫俊介広門
評定が始まった。
いつもと違う点が二点ある。
ひとつ、場所が立花城だということ。いよいよ拠点を移したんだと実感する。
ふたつ、薦野が正式に評定衆に加わったこと。道雪殿の紹介状も持ってきていたから疑う余地はなかったが、スムーズに内政が進められるようになったのは薦野のお陰だ。
俺とも気が合うし、他の評定衆からの反対も無かった。
腰を下ろして見渡すと、どうやら皆は俺を待っていたようだ。いや違うな。
今までの筑紫とは違い、いよいよ時代劇の様に殿様が最後に登場するように誰か調整したな。孫大夫かな。
薦野が加わったけど広間が広いので人数が増えた気がしない。俺だけ距離が離れていて、他の皆はお互い近くで座っている。逆に寂しく感じるくらいだ。
しかも俺だけ座る場所が床間になっていて、ここだけ畳もあるから20センチくらい高い。
もう子供の背丈ではないから、平伏している皆を見下ろす形になる。こんな景色、今は慣れんが、そのうち慣れるのだろうか。
「面をあげろ」
そう言ってようやく頭が上がる。
みんな動きを示し合わせていたかのような動きだ。
はぁ、当主としての自覚を持てと言うことか。俺はこういうの反発するタイプだから逆効果だって言ってやろうかな。
筑紫館でやっていたように、皆で丸くなって悪だくみ、みたいな評定はもう難しいのかもしれない。あれは一体感がある感じがして好きだったのに。
さて、今日のメンバーは
①相談役 爺こと筑紫四郎貞治、戦で俺が不在の間は代理となる
②勝尾城城主 島珍慶、片隠れの里以外の筑紫領土の差配を行う
③勘定方(仮) 神屋宅之丞、戦で筑紫に避難していた奥さんは戻ってきたらしい
④侍大将 帆足弾正、口下手は未だ改善される気配はない
⑤側仕え 筑紫孫大夫、爺の孫、十二歳になった。
⑥家老 薦野増時 元立花の家臣をまとめるため、そして人材不足のため、いきなり家老に抜擢した。が、念のため爺の目付付き。暫くはコンビで働いてもらう。
「島は昨日から来ていたな。一日過ごしてみて、立花城をどう思った」
「筑紫の人間と立花の人間でもっといがみ合っているかとも思っており申したが。驚くほど互いに協力的ですな」
俺は思わず薦野と目を合わせた。お互いにそんなこと考えたこともなかったからだ。
「はっはっは、皆、忙しいのだ。猫の手も借りたいほどにな。いがみ合う暇などない」
俺が笑うと薦野も笑った。
「猫の手もですか、面白い言い回しですな。されどその通りです。まさに猫の手も借りたい」
あれ、猫の手も借りたいってこの時代にはない言い回しだったか。
「そうだな。何故、俺が皆をせかして忙しくさせているのか、その辺りから話すか」
笑って言ったが冗談でなく本当に忙しかった。貴重な油を贅沢に使い、夜はいつもどこかで明かりが付いていた。不夜城などと渾名されているらしい。コンクリの壁の中から漏れる明かりは、遠く博多からも目を引くようだ。
夜になると孫大夫が城を巡回して、仕事をしている人間の灯明皿にそっと油を加えて回るのだった。
ありがとう孫太夫、今度ライスワックスからロウソクを量産してやるからな。
ライスワックスは玄米を精米する際に発生する米ぬかから作ることができてロウソクになる。蜜蝋よりもずっと経済的だ。それに灯明皿のように炎がチラチラしない。
もう見づらい灯りで書類仕事なんて真っ平だった。
白米なんて贅沢な、なんて思ってだけど米ぬかを得るついでだ。それならば贅沢ではないだろう。
さぁ、雑談は終わりにして評定だ。
「皆の者、よく聞け。戦だ、戦になるぞ」
皆の顔が引き締まる。島が少し嬉しそうにして最初に口を開いた。
「殿、誠でござるか?」
「おそらくな。義父殿から矢玉、人が集められ始めたと文が届いている。春が来る前に正式な沙汰が下るであろう。戦が始まる前に新しい領内を治めねばならぬ。残り一カ月もないぞ」
戦国時代だもんな、毎年風物詩のように春になったら戦だ。
俺が強く言うと皆は更に緊張し姿勢が正された。
「それゆえに——猫の手も借りたいわけだ」
そんな風におどけて言うと苦笑された。緊張が和らいだかな。
もう寝たいからさっさと戦が始まって欲しいくらいだった。敵の城を包囲している間は寝ていられるだろう。夜襲は……永遠に寝ていられそうだな。
「戦ならば領内の仕置きよりも戦の準備をすべきでは?」
島が言う。島ならそう考えるよな。
「そうは言っても最低限これくらいは、という治め方がある。不満は思っても一揆にならぬ程度には治めねばならん」
「負ければ元も子もございませぬぞ」
「そうだな……」
これから起こるのは有名な今山の戦い。関ケ原の戦いと比べられる事もある痛快な逆転劇だ。
史実じゃワクワクする様な戦いだが、大友は逆転される側だから大問題だ。何としても負けは回避したい。
毛利を退けた六万を超える大友の大軍を、その十分の一以下に過ぎない龍造寺が破る、という戦だ。
もちろん普通に戦えば負けることは無い戦力差だ。だが史実ではそうはならなかった。
「殿、まさか負けるとお考えですか!?」
俺がそうだなと言って考え込んでしまったので、島は俺が本気で負けの可能性を考えていると思ったのだろう。
「島は相手がどこだと考えている?」




