第64話 七人の評定
1570年2月 立花城 筑紫四郎貞治
「なんじゃ、儂が最後か」
「いや、最後は殿だ」
島がいつもの様に話しかけてくる。確かに殿がおらぬ。広間には孫大夫もいた。
「孫大夫、殿の準備が出来ておらぬのだぞ。小姓のお主は、こんなところにおらぬで殿の御傍にはよう行かぬか」
そう注意したのだが、孫大夫は申し訳なさそうに目を伏せて答えた。
「実は、奥様が城では殿の世話は自分がすると言って聞かぬのです」
「それは……」
どう受け止めれば良いのだろうか。
「仲がよろしい様で良いのではないでしょうか」
「宅之丞殿……」
「四郎貞治様、私は一介の商人であります。どうぞ呼び捨てくださいませ」
宅之丞は商人でありながら当家の勘定方を担っておる。殿がそのように扱うため、いつの間にかそのようになった。今や武士扱いでも全く遜色ないが、本人は商人であることに強いこだわりがあるようだった。
「あい分かった。宅之丞」
「ありがとうございまする。それで琴音様についてですが、豊後から帰って来てからご覧の有様であるご様子。一過性のものかもしれませぬし、我々は見守って差し上げるのがよろしいかと」
なるほどの。儂が納得すると島が大声で話を遮ってきた。
「それより宅之丞、文にあった数字は誠か」
「島様、誠にございまする。此度の評定でこれを如何にすべきか殿に御相談したいと考えておりまする」
儂も宅之丞から連絡を受けていた。なんと今までの三倍もの量の割銭を持ち込みたいと、堺の商人共から相談が持ち込まれて来たのだった。
どうやら今まで儂らが処理してきた割銭はただの様子見であったようだ。
おそらく向こうもこちらが偽銭を作っていることに気付いているはずじゃ。にもかかわらずこのような大きな商談を持ち込んで来たという事は、商人どもの組合である座でなんらかの合意が出来たのじゃろうか。
「横から失礼いたす。今の話は私が耳にしてもよい内容でござろうか」
薦野殿が儂と島の話に入ってきた。
薦野殿はこの一カ月、旧立花山城と立花城を頻繁に行き来し、新しい城を築城しながら拠点を移すという難しい仕事を差配していた。
地元を知り立花でも重臣をしていただけあって、その仕事ぶりは非の打ち所がなかった。
「問題あるまいて」
儂がそう思っておるし、殿がここに呼んでおるのだ。
「島殿、改めてお初お目にかかりまする。拙者、薦野増時申しまする。元立花の家臣らをまとめておりまする」
そういえばこの中で島と弾正は初対面か。
儂は二人の間にたって互いを紹介した。
「お爺様、立ったままでは失礼です。それに殿がいらっしゃいます。皆さま席にお着きください」
しまった。儂としたことが立ったままであったか。
いやそうではない。初めての場所でどこに腰を下ろしてよいのか分からなかっただけじゃ。決して呆けたわけではないぞ。
よくよく見ると、空いた席が一つ用意されていた。殿が来る前にそそくさと座る。
そして襖が開いて殿が姿をお見せになった。また少し背が高くなっただろうか。それに少しお疲れの御様子だ。
筑紫館の狭い広間とは違い、床の間の上にいる殿は大きく見える。
腰を下ろした殿は、まずは儂の方を見て話しかけた。
「爺、息災か?」
「ははぁ、殿もご健勝のようで」
「島も久しぶりだな」
「はっ、改めまして立花城に御就任おめでとうございまする」
「自分で作っておいて就任というのもおかしな話だがな。博多を任せて頂いた宗麟様のご期待に応えねばならぬな」
「……」
「薦野は自己紹介は済んだのか?」
「はっ、先ほど」
口を利かぬ弾正との挨拶は済んでいなかったが、そのように薦野は答えた。殿は忙しいご様子であるから済んだことにしても良かろう。長く立花家で仕えていただけにソツがない男であるようだ。
弾正の奴は口下手で自己紹介できぬこともあり得るからの。恥をかかすよりは都合も良い。
こうして評定が始まった。




