第63話 筑紫四郎貞治と立花城
1570年2月 立花城 筑紫四郎貞治
道雪殿から旧立花山城を引き継ぎ、殿と共に一カ月ほどこの城から領内を治めておった。
博多の町を挟んで川向こうでは、新しい城が完成しておる。残念ながら老人の眼では見ることが出来ないが、日々報告される様子では問題なく動き出しているようだった。
その新しい立花城は見えぬが、博多であればここからでも見渡すことができる。
最後の見納めじゃな。
儂は旧立花山城からの最後の朝の景色を堪能した。
今日、旧立花山城から新しく建てた立花城への移転が完了する。
城に残った家屋は資材として解体され、立花城に搬入される手筈になっていた。
儂は立花城へ向かう途中に多々良川を渡り博多の町へ寄った。
この活気ある博多の町が筑紫のものになったとは……ふふふ、実に気分が良い。
博多は四ヵ月前に戦があったとは思えぬほど人の往来が多かった。湾には船が浮かび、川を往来する船も多い。
宅之丞から報告された最新の筑紫の益は、かつてないものであった。あれほどの益が得られておるのならば、博多は戦の混乱を脱して正常に機能し始めていると思ってよかろう。
殿が博多を治めて僅か一ヵ月ほどのことであった。
博多の様子を見て、足を軽くしながら半刻ほどで新しい城に着く。ここに赴いたのは初めてじゃ。殿がどこからか伝手を得て、大量の大工を引き連れ突貫工事で作られた城だ。
塀の中にある館そのものに特に変わったところはない。ただし敷地が圧倒的に広かった。今までの筑紫館が山の中にある小さな館だったのじゃ。広く感じるのは当然か。
それにしても広い。以前と比べ南北それぞれ十倍近い広さだ。筑紫の館が数十棟も入るであろう。
そしてこの広さの敷地全てが壁で囲まれていた。それはまるで一枚岩の様な、見たこともない見事な壁であった。
博多から見たこの何間も続く壁は圧巻である。外からは中を伺い知ることは出来ず、興味をひかずにはいられない。天守があるわけではないが、為政者が住む城だと強烈に意識するはずだった。
「たしか竹筋コンクリートといったか」
この一枚岩の壁をどのように作ったか見ることは叶わなかったが、うちの孫はいつものように殿の近くで製造に関わったという。
聞いた話では砕いた鉱石と、砂利や砂、粘土に水を組み合わせ、木で組んだ型に流し込んで作ったそうだ。
そしてその状態でしばらく置くと、乾いたように(厳密には乾いたのではないそうだが)泥が石になり、御覧の様な見事な一枚岩が出来上がるらしい。
素人でも容易に作ることが出来、工期も短くなるの。
儂はこの技術をそのように見ていた。石を積み重ねて壁にするには熟練の技術が必要じゃ。
それが型に流し込むだけであれば、熟練者は必要なくなる。素人でも良いから人を多く雇って工期を短くすることができる。
実際に目の前の壁はそのようにして作られれたのだ。
殿の今までやらかした中ではまともな方じゃな。
偽金や蝙蝠の糞を硝石としたもの、咲弾や火打銃と比べれば可愛いものだと、この時は思っていた。
塀の中に入って立花城の敷地を歩く。広い敷地はほとんどが空き地じゃ。門番は一番奥の大きな館に行けと言っていたな。
今日は評定があった。そしてこれからは儂もここで暮らすことになる。後で手伝いの者が私物を運んでくる手はずだった。孫一人しか身内が残っておらぬ身軽な身だ。大した私物はない。
それにしても……。
案内人すらおらぬとは、どういう了見じゃ。一番大きな館に着いたが誰も待っていなかった。館の入り口から中を伺えるが、誰もがせわしなく働いておった。誰かに声をかけようとしても見知った顔が少ない。
知らぬ顔は立花の者らか。
少しばかり疎外感を感じつつも知った顔を見つかったので捕まえる。その男も忙しくしておったが、評定がある広間までようやく案内してもらえた。
そして広間に入るといつもの面子が待っておった。




