第61話 立花城①
1570年2月 立花城 筑紫俊介広門
越前入道が亡くなったという文が義父から届いた。
惜しい人を亡くしたと思う。この世界に来てからずっと世話になっていた。目をかけて頂いたと思う。
交流も少ないころから烏帽子親になってくれ、祝言の仲人にもなってくれ、錫を買えるように取り計らって頂けた。
豊後に赴いた時に会う事ができたのは幸いだった。
当たり障りのない、博多をしっかりと治め抜擢した宗麟様の顔を潰さないように、そんな会話をしただけで、ハッキリと口には出さなかったがお互いに別れの挨拶になるだろうとは予感していた。
死の間際まで大友の未来を案じていたのだろうか。
琴音が母親とやり取りした文によると、義父殿はたいそう落ち込んでいるらしい。長年二人三脚で歩んできた二人だ。時間が解決するしかないだろう。
越前入道に代わりに辣腕を振ることになるのは当主である宗麟だ。他の誰がやっても不満が出る。当主がやるしかないのだ。年齢的にも不満はない。
百五十万石まで所領を拡大し、九州で唯一無二の存在となった宗麟。
臼杵家当主として宗麟を支えていた臼杵 鑑速も高齢になり、越前入道は亡くなった。紹運父の吉弘 鑑理も相談役としているものの当主を退いている。
大友の三老とも呼ばれた家老が次々と一線を引いて行く。宗麟の治世はここから始まるのだろう。彼らの代わりに俺が力にならなくてはいけない。
新立花城は一通りの必要なものが建て終わり、問題だった塀も消石灰(石灰岩を砕いて焼いたもの)を使った竹筋コンクリートで完成させた。
今では住民らの訴えから、自分らの住居まで、全てが新立花城で行われている。
琴音も移り住んできた。
明日、爺が最後の確認を旧立花山城で行い引っ越しも完了する。
爺はまだこの城に来たことがないからきっと驚くぞ。楽しみな事だ。
俺は今日も博多町人らの訴えを処理していた。
苦手な仕事だな。筑紫じゃ爺に放り投げていた案件だ。だが爺はいないし、就任当初から当主が顔を出さないのも、町民らは不安を覚えるだろう。
だから不慣れながらも話を聞いているのだが、裁判って基本楽しい話なんて一切ないから気分が沈む。
訴え① お隣さんが戦で壊れた店を再建した時に、こちらの土地まで侵食してきた。
複数の第三者に確認してもらい訴えを認めるものとする。侵食してしまった店の主人は土地の値段の倍を払うか、店を一部取り壊して返却するものとする。金に不足している場合は俺が低金利で貸し出す。
訴え② 金を貸したが戦のどさくさで証文が半分ほど燃えてしまった。残った証文には肝心の金額は読み取れない。だが持ち主は提示した金額であると主張している。
却下、証文の有効性は認めない。
証文の人は破産してしまうと必死に主張していて可哀そうだったが、どうしようもない。こんな感じで気が滅入る事例が多い。
大友には政道十九条なる法律があり、家臣同士で勝手に婚姻してはならないとか、年貢や公共事業をする際のルールといったものが書かれていた。
ちなみに俺と琴音の婚姻の時は、俺はまだ大友の家臣じゃなかったからセーフだそうだ。けっこうガバガバな法律だ。
そしてさすがに住民の生活に関しての法はない。だから結構フィーリングで判断しないといけないのだが、フィーリングすぎて過去の判例と違いすぎると不満が貯まる。
ここ数日裁判沙汰を片付けていたのはこのフィーリング部分のすり合わせと、過去の判例の洗い出しだった。実際に裁判の場に立って薦野と話してみたところ、幸いにして筑紫の裁判と大きな違いはなかった。
これなら爺に投げても大丈夫だな。
俺は嫌な仕事から逃げられる事に心底ほっとした。
爺は多分、こういうのが好きに違いない。嫌がる素振りが一切ないからな。
俺の感覚だと人様の不幸な争いに首を突っ込んで沙汰を下すのが好きな人種は不可解極まる。聖人君子か人間の屑に違いない。俺はそのどちらでもないからストレスが貯まっていた。
爺は……聖人じゃないから後者だな。きっとそうだ。
──わかっている。
爺はたぶん俺が嫌がる素振りをするから笑顔で引き受けてくれているだけだって。
俺は自分勝手な人間だからそれに甘えているだけだ。
ここが筑紫だったら作業場に籠って何か作って気を紛らわせるんだが……、立花城にはそんな趣味の場所はない。
琴音に会ってみるか。誰にも場所を聞かないで気分転換の代わりに自分の足で探し回ってみよう。
俺は旧立花山城から持ってきた過去の判例資料を机に置いて席を立った。
控えていた孫大夫もそっと席を立つ。
琴音は、部屋よりは何となく外かな、と思って外へ足を運ぶ。館の中はせわしなく落ち着かないからな。逆に外は広く開放的だ。
新居の館の廊下を歩くと、ところどころに◇《ヒシ》型の四つ目模様が彫られている。筑紫の家紋だ。特に頼んでないから、立花の者が大工に依頼したのだろうか。
豊後への船旅で知り合った船長は、約束通りに大勢の船大工と木材を博多に運び入れてくれた。お陰で一ヵ月ほどで館が完成した。戦でさばけていなかった酒との交換だ。実に良い取引だった。
船長は酒を畿内に持っていくと言っていたな。
信長が畿内を平定して将軍義昭を立てたのが一年半ほど前だ。去年はこれによる反発を信長が力で押さえつけた年だった。そして今年は更に大きな反発、信長包囲網が敷かれる年になるはずだ。
今から畿内に行くなら信長包囲網の前に売ることが出来るだろう。
あの船長、商才に加えて運もあるな。
そんな風に考えながら廊下の彫り物を見ていると、家紋に交じって隠れるようにチラホラ彫られている物があった。動物やら植物やら、波やら、これは坊さん……いやお地蔵様かな。妖怪や鬼っぽいのもいるな。
突貫工事で監視の目も薄かったから好き勝手やってるなぁ。忙しいのに現場が好きにする余裕があったのは指示が追いついていなかったのだろう。
遊び心なんだろうけど、彫り物には統一性がぜんぜん見られない。恐らく各々がこっそり好きなものを掘ったのだと思った。
見ていてだんだん楽しくなってきた。
良い気分のまま館の外に出て、人気のないところを探す。夕焼けが空を赤く染めていた。
すると出来たばかりの見張り台付近に、長く伸びた人影があった。
気配で探し人だとわかる。
勘は良い方だが一発で見つけるとは。ますます良い気分だ。
愛しの妻は何やら侍女と話してたが、気にせず声をかけた。




