第59話 竹筋コンクリート①
1570年1月 博多近郊 筑紫俊介広門
現福岡城と博多の間に那珂川という川がある。栃木、茨城を流れる川と同じ名前だが、九州にあって背振山地から北の博多湾へ注がれる穏やかな川だ。
この川が背振山から現れる根元の部分、その辺りにある村まで俺は来ていた。
村には綺麗な渓流と段々畑があった。ここからは見えないが近くには滝もあるらしい。観光地と言っても通じそうなこの村に来たのは三回目だった。
目的は村にある水車と、村のすぐ横にある石灰岩でできた山だ。
新しい城、立花城の建設は順調に進んでいた。そして俺がそろそろ移ってもいいんじゃないかとポツリと言った時、島から待ったがかかった。
「堀も塀もない館に殿を居させるわけにはいきませぬ!」
近くに敵対大名はいないし問題ないだろうと思っていたが、そうでもないらしい。
「賊が数十人も集まれば暴徒を煽り、評判の悪い商人の店を襲う事もござる」
流石は親父と一緒にゲリラで大友を煽っていた男、やり方をよく分かっている。現代でもそういう暴徒はたびたびテレビで紹介されているから、なんとなくイメージはできた。
行政機能がある立花城に暴徒が来たならば役所とか大使館が襲われるような感じだろうか。紛争地域の大使館は必ず塀がある、堀はないから……つまり最低限、塀さえあれば十分だろう。
そもそも堀を作る余裕がないしな。
では塀、壁さえ作ればいいのだが、俺がいつか福岡城のような城にしたい、と欲を出してしまったばかりに、土地を広めに確保してしまっている。これでは壁をグルっと建てるだけでも大変だ。
小さく囲むか?
いや土地だけ確保してそんなことしたら為政者として舐められる。却下だ。
どうにかしないと、と思っていた。
大工のほとんどは立花城の内装まで整ったところで解散して町の復興へ向かわせてしまっている。
船長との約束で松浦から来た船大工と、酒との交換で得られた木材で、博多の町は急速に復興していた。そのタイミングで大工を取り上げて町の復興に水を差したくない。
──あとは博多の復興が大事なんだと宣言してしまった手前、今更大工に戻って来てくれとは言いにくいしな。カッコつけた自分が悪いんだけど。
しかし丁度進めておきたい技術があり、しかもその技術を披露すれば問題も解決できそうなのだ。という訳で以前から目を付けていた筑紫からも近いこの村で事業を起こすため、今までコツコツ準備をしていたのだ。
今回はいよいよお披露目となる。孫大夫と大坊、薦野と幾人かの技術者を連れて、水車と石灰岩があるこの村にやってきた。
――― ◇ ――― ――― ◇ ―――
凄まじい音がする。
おそらくこの時代の日本でこんな音を響かせている場所は他にないのではなかろうか。
金属と金属、そして金属と鉱石が高速でぶつかり合う音。
牧歌的な渓流の里には似合わない、工業の音だった。
目の前ではドラム缶の様な金属容器の中で、高速回転している棒があり、そこから凄まじい音が聞こえていた。
ドラム缶もどきは寺の鐘を作っていた職人に作らせた。
このドラム缶もどきの中には鉄球と粉砕したい石灰岩が入っている。高速で回転している棒には羽が付いており、水車による動力で棒が回転すると、棒と鉄球と鉱石が激しくぶつかり合う。
そんな感じの装置だ。現代ではボールミルと呼ばれる。
ガガガガガガッ!!
本当にうるさい。日常的に聞いていたら間違いなく難聴になる。耳栓は必ずさせないと。粘土タイプならこの時代でも簡単に用意できて遮音性も高かったはずだ。
傍らで薦野が何か叫んでいるが、粉砕の音が大きくて聞こえない。
今動いているこの装置は江戸時代の末期にあちこちで作られていた水車の一つで。鉱石の粉砕用を再現したものだ。内政の傍らコツコツと設計図を書き上げ、全てが揃ってから村に来て数日かけて完成させた。
水車作りは生前の俺の得意事業の一つだ。現代にあっても昔の水車を蘇らせたい、という案件は意外に多く、数年に一度は舞い込んで来たものだ。昔の水車100%再現する方法から、コスパを抑えて見た目だけ整えることもできる。
筑紫では水車を設置する良い場所が無かったことと、あっても龍造寺に破壊される危険があったため作ることができなかった。
毛利が居なくなり、安全な博多周辺に水車に適した場所があったことで、ようやく取り掛かる事が出来るようになった事業だ。その第一号になる。
水車はいいぞー。
何しろ水車は蒸気機関が主要となるまで、江戸から明治までのかなり長い間、主要な工業力だったのだ。それはヨーロッパでも同じで水車による工業産業の下地があったからこそ、産業革命や近代化が進んだのだと思っている。実際に江戸後期の水車の動きは複雑で素晴らしいものが多かった。
ローマが産業革命を起こせなかった要因はたくさんあると思うが、その一つに水車による効率化が必要とされなかったので工業力が未熟だったのでは? という意見を聞いた時は面白い意見だと思った。
ローマンコンクリートで使われていた大量の石灰は、目の前で俺が今やっている水車で粉砕するような方法ではなく、大量の奴隷にやらせていた。そりゃあ、工業化なんて進みにくいだろう。技術よりも人間を酷使した方が効率が良かった時代だったんだから……。
俺が改良した水車の馬力は10馬力に少し足りないほどだ。
蒸気機関の1000馬力と比べれば霞んでしまうが、この10馬力があれば、鉱石の粉砕、他にも製鉄で新鮮な空気を送風する、プレスに切断、紡績といった、色々な工業的な事をやらせることが可能だ。
ちなみに軽自動車は小さなエンジンで50馬力ほどを出すことが出来る。
そんなことを考えながら二十分くらい待っていると、音が変わったので回転を止めた。水車軸と歯車にクラッチがあるので、それを外せばいいだけだ。
鉱石が粉々になり粉になると音が変わるのだ。これが完了の合図だった。




