第56話 立花家の家臣たち①
1570年1月 立花山城 筑紫俊介広門
筑紫に帰って来て年が明けると道雪から
「城は空けたんで後はよろしゅう」
というような文が来た。引継ぎも何もない。
向こうも門司城に移るのでそんな余裕はないのだろうが、俺と供の者は慌てて空けられた立花山城へと向かう事となった。
豊後から帰って直ぐに準備しておいて良かったよ。
城に着いたら驚く事があった。
城内には結構人が残っており、どうしたことだと聞くと彼らは立花家の元家臣だと言う。
大友に滅ぼされた立花の家臣らが、なぜ今立花山城にいるのだ。まさか空いた城を乗っ取りに来たのでは、とも思ったがそんな雰囲気ではなかった。
詳しく話を聞くと、彼らは大友に滅ぼされた後に浪人となって機会を伺っていた者や、仕方なく道雪に臣従したものの今回を機に暇を貰った者、そのような身元であると言う。
そうした立花家の元家臣がだいたい百人くらい、立花山城で俺を待っていたのだ。
俺は代表者を呼んで道雪の私室だった場所で面会することにした。
目の前の人物を観察する。
三十歳くらいかな?
額が広くて頭頂部まで剃り上げている。口元と、あごから耳までは、ほどほどに整えられた髭がある。
鋭い目つきだが垂れ目と垂れ眉だ。そのお陰か鋭すぎる印象はない。むしろ長年の経験と覚悟を背負ってきたような深みが感じられる。
「薦野増時と申しまする。この度はお目通り頂きいただき、まことにありがたく存じます」
薦野は道雪からの紹介状を持ってきていた。
紹介状には立花家の元重臣で信用が出来ること、博多を地元とした国人衆の出身で、同じく筑前から離れたくない者を引連れさせたので雇ってやって欲しいとあった。
薦野と言えば後の立花四天王の筆頭で、立花道雪から養子になって立花家を継いでくれないかと言われるほどの男だ。
その薦野だと分かると、垂れ目に知性があると感じてしまう。
博多近くの有力国人衆であるため、代々立花を支え、城主が道雪に変わってからは、その道雪に仕えるようになった。
だが道雪の立花城就任が短すぎるため、今度は地元の者達を引き連れて俺に仕えようと言うのだった。
「薦野殿と城に来ている者たちは、当家に仕えたい、という事でよろしいのかな」
「はっ、筑紫には元より立花の兵が多く雇われていると聞き及んでおりまする。加えて我らも召し抱えて頂くこと叶いませぬでしょうか」
一年くらい前、俺が常備兵を多くそろえようとしていた頃、兵を集めるのにたくさんの浪人を探した。
そのようにして雇う事になった多く兵が、大友との戦で逃げ延びた立花の兵達だった。
「筑紫の者と立花の者、分け隔てなく丁重に扱われていると聞き及んでおりまする」
そうかな? 特に意識した事がないからそうかもしれない。
「もう少し具体的に話すことはできるかな」
丁重に扱った覚えがなかったので興味がてら聞いてみる。適当に言っていたならばアウトだ。
「されば……騎馬隊の組頭から小頭(組頭の下で5~10人をまとめる者)を任せられている男らの多くは、元立花の兵でござる。彼らは佐嘉城の戦で御信頼を頂き、共に城内まで突入したとのこと。武勇の誉れ高きを示せただけでなく、戦で死んだ兵とその遺族さえ大事にされている御姿を見て、新たに仕えるべき主人は此れにあり、と。そのように野に下った遺臣たちを説得して回ったのでありまする。我らその想いに共感し、この度参上仕りました」
それは馬に乗れる人間が筑紫に少なかったのと、他にも色々偶然でそうなっただけだな。
佐嘉城で死んだ兵らの遺体は、戦の後に龍造寺の鍋島氏から、他の有象無象と一緒に葬りがたき、という言伝と共にわざわざ運び込まれたのだ。
凄いよな、本当にそういうことする武将っているんだなって驚いたよ。
使いの人間に礼を述べた後は遺体を爺に任せ、しかるべく扱うようにだけ頼んだ。
俺はすぐに次の戦の準備があったから……実はその後は放り投げて詳細を知らなかったのだ。
爺がちゃんと丁重に扱ってくれたんだな。
だがそうか、佐嘉城で打死した兵に元立花の家臣が多くいたのか。
俺の無茶に最後まで着いてきてくれた兵達、立花の兵……。
これらを俺の手柄の様には言えないな。
「誤解されない様に言っておくが、意図して行ったわけではないぞ。立花の兵らがそれだけの勇敢さを示したにすぎぬ」
「されど指揮してくださったのは俊介様にございまする」
ヨイショもできる。家老だったのも間違いなさそうだ。
「まぁ、待て。むしろ礼を言うべきなのは俺の方なのだ。立花の優秀な兵がいなければ俺は生きていたか怪しいものだ。それよりもだ、俺はお主たちの主人であった立花氏を滅ぼした大友の家臣だぞ。何も含むところはないのか」
この質問に対して、薦野はひどく苦しい顔をした。やはり完全に吞み込めているわけではないのだ。
登場人物の名前をより史実に合わせるため乃美→薦野に変更しております




