第53話 船旅の途中で
1569年12月 玄界灘 五郎太
殿は姫さんを下ろして船長と話を始めていた。出港前からずっと船乗り達と話をしている。
こういうのって当主らしくねーよな。
庶民だった自分からするとそんなお姿は情け無いようにも見える。だが訓練中の姿を知っている自分や旅に付いてきた周防組の警護衆は決して殿を甘く見る事はしない。
厳しい訓練だった。刀に腕をかけたのは一度だけではない。耐えることが出来たのはただの意地だ。
殿の様々な知識は天狗からもたらされたと周防組の中ではもっぱらの噂だった。
だとすると稽古もつけてもらったはずだ。俺たちが受けた訓練が天狗の稽古だったのだろうか。
「船倉にある荷物が鎧と刀ばかりのようだが?」
殿が質問をすると、徳利と盃を手にした、いかにも海の男という風貌の船長が少し顔を赤くして殿の話を聞いていた。
荷物の木箱に座りながら姿勢を正そうともしない。殿の前で失礼であると詰め寄ろうとしたが、殿が腕でこちらを遮った。
「そうさ、戦の後だからな。これが一番儲かるのよ」
汚れた刀と鎧ばかり置いてあった。戦場からはぎ取ってきたのか。
「だが船倉の中にだいぶ空きがあるようだ。もったいなかろう。他に運ぶものはないのか」
「それも戦の後だからだな。まともな商品なんて仕入れが難しいんでさ。鎧刀も全部集め終わって、これで仕舞でっせ」
戦場の死体から集めた鎧刀はどうなるんだと思っていたが、こうやってどこかに運ばれていたのか。
「博多へ木材を運んでくる気はないか? 町の復旧に大いに使われるぞ」
「あー、それも悪かねぇですけどね。だが持っていくだけじゃ儲からねぇんでさ。持って帰って売れる品もなきゃ」
へへへ、と馬鹿にしたように話す。
「酒はどうだ? 今お主が飲んでいる酒だ。それならばいくらでも用意できるぞ」
船長が飲んでいる酒は、船賃に追加して機嫌を取るために殿が渡していた米焼酎だ。
「へっ? これか? うめぇがちょっと変わってるし売れっかなぁ」
「宗像大社の三女神に奉じている由緒正しき酒だぞ。どうだ?」
奉じているという話が本当かどうか分からないが、殿の姉君は宗像に嫁いでいる。そういう事もあるのかもしれない。
「へぇー、宗像の。そりゃあ縁起もんだな」
最初は馬鹿にする様に話を聞いていた船長だが興味を引いたようだ。
「俺の姉は宗像の奥だ。嵐にあってもその酒を海に奉じれば鎮まるやもしれぬぞ」
殿はいつの間にか船長から徳利を奪い取り、トクトクと盃に酒を注いでいた。
当主がやる事じゃねーだろ。
と思うが口には出さない。
『いつそんな偉そうな口を聞ける立場になったんだ』
拷問の訓練中に冷たく言われた記憶が蘇る。
「ううむ、良し。買った!」
「さすが! 海の男は決断が早いな!」
買おうと言った船長は手にしていた盃を一気に呑んだ。
殿はすかさずお代わりを注いでいる。
「船長は普段は何を運んでいるのだ」
「以前は明からの陶器を運んでおったが、最近は何と言っても銭だな」
「銭?」
「噂を知らんのか? 明の皇帝の墓から出て来たとかで、状態のいい永楽銭が近頃大量に手に入るのよ」
それってウチで作ってる銭じゃねーかなぁ、と思ったがやはり何も言わないでおく。余計な事は言ってはいけないと俺は大殿の小姓だった時に学んだのだ。
「なるほど、それについても伝手がある。用意しておくから大工とか、町の復興に役に立つような人材を連れてきてもらえると嬉しいんだが」
「船大工で良ければ伝手があるが」
「それでよい! それで! さすが船長だ」
殿はそう嬉しそうに話しながら盃に酒を注ぐ。馳走になっている船長も嬉しそうだ。
「変わった殿さんだぜ」
俺もそう思う。隣を見ると姫さんが黙って殿を見つめていた。
「船長はどこの出身なのだ」
「松浦でさぁ」
松浦ってどこだったかな。西なのは覚えている。博多から西だったはずだ。
「それはいい。松浦は良い船乗りばかりだ。この船も松浦で造られたのか? 良い船なのだろうな」
「おうともよ。そろそろ十年目だが、まだまだ現役よ。対馬まで行くようなデッカい航海となるとこういうデカイ船じゃねーといかんのよ」
「安宅船という奴か、何石載せられるのだ」
「五百石よ」
そのような様子で殿と船長が談笑していた。
自分も船酔いさえなければ土産用の酒を一つ拝借してどこぞで飲むのだが……せっかく五月蠅い島の親父がいない好機であるのに、船酔いしてしまう自分の体質を恨む。
「俊介様はあんな様子でお話することがあるのね」
「俺らとだけ話す時も結構あんな感じすよ」
「ふ~ん」
隣で様子を見ていた姫さんがそう言って再び黙った。
俺はまた船酔いで気持ち悪くなってきた。やっぱり船室や船倉は酔いやすいに違いない。外に出よう。
殿の近くでずっと黙って立っている大坊もいるから、この場なら姫さんも安全だろう。
「女が船に乗ると不吉だとか聞いたことがあるが」「何でえ、それは」「海の女神は嫉妬深い故に女を乗せると駄目なんだそうだ」
「えー、そうなんですか? 私はお邪魔でしたかしら」
船倉から外へ出る梯子に足をかけると、後ろから姫さまも加わった元気な声が聞こえた。
女神様はどんなんだが知らないが、あんな声を聞けば海坊主でも嫉妬で船を沈めに来るに違いない。そう思った。
こんな様子であと一日以上、航海は続くそうだ。楽しいのは殿と姫さんだけだ。
頼むから早く豊後に着いてくれ。
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