第51話 道雪という男②
1569年12月 立花山城 筑紫俊介広門
雷を切ったという証拠の様な物まで見せられ唖然とする。
その様子を見て気を良くした道雪は腕をまくり
「ほれ、ここにもあるぞ」
と見せつけてきた。
腕にも同じ様な痕があった。
電流が通った跡、リヒテンベルク図形だ。
調子に乗って上半身も脱ごうとするので、それはやめてもらい手元の雷切に向き合う。
目が離せない……。
「なんじゃ、気に入ったならやっても良いぞ」
「えっ?」
「じゃからさっきの話せ」
ぐぬぬ、やばい、欲しい。
この世界に来て初めて「ぐぬぬ」なんて口にしてしまった。
「多々良浜での、お主からもらった早合を使ってな。決死の覚悟で向かえば吉川に勝つると思うてはいた。がまぁ半分は死ぬるかと踏み込んだんじゃが。拍子抜けするほど毛利はあっけなく崩れたの。あんな脆い毛利を見たのは……はじめてじゃ。お主、毛利の後方で誰それ偉そうな武将を撃ったと聞いたぞ」
鋭い眼光で見られ緊張でゴクリと唾を飲み込む。
緩急の話が上手い爺さんだ。
「私の部下、手勢からの報告ですと毛利の家紋が入った天幕に居る大将を撃ったと」
「ふむ、もしやがあるやもしれぬの。何にせよ、お陰でわしの部下の命が大勢助かったのは事実だわい。改めて礼を言わせてくれ」
そう言って頭を下げられた。
「道雪殿、どうか頭をお上げください」
「頭を上げたら先ほど話そうとした話をしてくれるか?」
うわぁ、これは逃げられないか。
完敗だわ。人生経験の違いかな。
味方とはいえ、そもそも緊張感なしで会ったのが間違いだった。
「話した後に無礼千万とか言って切らないで下さいよ」
いざとなったら雷切で防ごうとか思って手元に寄せる。道雪は半身が不自由だから一発防げば逃げられるだろう。
俺は先ほど考えていたことを素直に話した。立花山城は不要である事。博多を再建し、街中に城を建てた方が良い事。
「そうか、毛利はもう来ないか」
「毛利の被害は二、三年で癒える傷ではありませぬ。それに毛利が仕掛けるつもりであれば、まずは秋月という鈴が鳴りますので事前に察知できまする」
「面白い言い方をするの」
秋月氏は毛利の九州撤退と同時に大友に降伏を願い、認められていた。
だが秋月は非常に独立心の強い大名だ。秀吉の軍勢五万が来ても城で戦ったくらいだからな。毛利も秋月の気風はわかっている。九州を再び狙うならば必ず寝返りに誘う。龍造寺も誘うだろう。
毛利はいきなり全軍で遠征するような馬鹿な真似はしない。
独裁制が弱いから自分達が有利だと示さないと、国衆らが遠征に着いてきてくれないという事情もあるだろう。
だからまずは秋月や龍造寺に戦わせ、大友の対応を観察し慎重に判断を下す。そして国衆らにあんなに大友が苦戦しているぞ、チャンスだ、と煽ってから戦を始めるのが毛利のやり方だ。
優秀であるが故、調略が秀でている故に、いきなり突撃する様な馬鹿な真似はしないという変な信頼が毛利にはあった。
ただし吉川元春だけは別だけれども……。
背水の陣を敷く様な人間だ。名将と呼ばれる英傑達が持つ、何をしでかすか分からない怖さがある。
とはいえ小早川隆景というブレーキ役が機能している限り、吉川も毛利を巻き込んだトンデモは起こさない、はずだ。
「毛利が動くならばまずは秋月か、じゃろうな。降伏条件も緩うかったしの」
「東では畿内を抑えた織田が徐々に調略の手を中国地方にまで伸ばして来るでしょう。年月をかけて少しずつ調略される恐ろしさは我々の方がご存じのはず。毛利は内を固めねばなりませぬ。尼子氏と大内氏の乱は、毛利の内の弱さを露呈しました」
「織田か、話には聞いておる。背後で織田を討たんとする者はおらんのか?」
「その可能性もありますが、そもそも立花山城は大軍相手に守るのを苦手としているのです。登り口が複数あり囲まれやすい。それは立花山城を落とした道雪殿もお分かりのはず」
そう言うと道雪は頷いて同意した。
「日ノ本の国は群雄割拠から徐々にまとまりつつあります。大友しかり、毛利、織田、上杉、武田、北条、いずれも百万石を超えようかという大名です。これからは万を超える軍勢に対し守れる城を考えねばなりませぬ」
「博多にそのような城は建てられぬな」
「であるので博多に守る城なぞ要らぬのです。治める城であれば十分であります。守るためには博多で稼いだ銭で人を雇い、船を作り、博多に来させないように戦うが上策で御座います」
博多は京都みたいなものだ。重要地域なのに堅城を建てるに適した場所がない。
「……入道殿が気に入る訳じゃ」
「? 何でしょうか」
小さな声でボソッと言われ聞き取れないでいると、こっちの話だと言って背中を向けて何やら書き始めた。
しばらく書き終わるのを黙って待つと、したためた書き終えた文を渡してきた。
「豊後に着いたら、まずこの文を父親の兵部少輔に渡せ。雷切はやる。大事にせぇよ。要件はそれだけじゃ。去ね」
しっしっと追い払われた。
何で呼ばれたのかも分からないうちに、俺は城を出て行くことになってしまった。
小雨が降る中、城の門の屋根の下で皆が待っていた。
「俊介様、道雪様の娘様に祝いの品をお渡ししましたわ。生まれて四ヵ月ですって。とても可愛かったです」
「殿、手元に持っている物は何っすか」
手元には雷切があった。
驚く五郎太の反応を見ても、俺は心が定まらないままだ。
ぼんやり緊張感の無いまま道雪に会う失態はしてしまうし、それでいて雷切なんて普通は頂けるはずがない刀まで貰ってしまうし。
自分でも分からないまま事が運ばれてしまう変な日だと思った。
明日は船に乗って出航だった。
手元の刀を油紙で包みながら、俺はどこか狐につままれた気分であった。
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