第50話 道雪という男①
1569年12月 立花山城 筑紫俊介広門
師走の始め、博多では珍しく雨が降っていた。
その博多から北東に進むと二刻とかからず立花山城に着く。この城は単体で見れば俺が拠点としている勝尾城や、落とした宝満城などと比べて遥かに立派な城だ。
だがそれでも道雪に落とされ、毛利にも落とされた。相手が悪いとはいえ比較的短期間で何度も落城したのには理由がある。
そもそも立花山城の立地が守りに向いていないのだ。
例えば勝尾城も宝満城も、古処山城だって、山に建てられる大抵の城の主要な登り口は一つだけだ。大軍が登れる道はいくつもない。
それに対して立花山城は三方、あるいは四方から山を登り攻める事ができる。これではいくら堅城に作っても限界があった。
立花山城は日常を過ごすには不便だし、かといって守るにも中途半端なのだ。後年に福岡城が築かれたのはその辺が理由ではなかろうか。
非常に感心するのは、福岡城が築かれたのが関ヶ原の戦いの翌年ということだ。まだ戦国の気風がある世の中で、立花山城を廃して町中で新たに築城を始めるのは相当な勇気が必要だ。
決断したのは黒田長政、有名な黒田官兵衛の息子だ。息子も切れ者だった事がよく分かる。
その立花山城に俺と琴音、護衛の大坊と五郎太らがお邪魔していた。
宗麟からの正式な沙汰で、道雪と面会してから豊後まで来るように言われている。
数カ月前まで戦場になっていたのに城はかなり復興されていた。城主の戸次道雪の性格がこうしたことで読み取れる気がする。
何よりも先に軍事施設を重視する。軍人である道雪らしい采配ではなかろうか。
博多の町は復興が全然進んでないんだけどな……。
うん、正直言ってこれは良くないと思った。あれだけ打撃を与えた毛利は海を越えてまで来襲することはない。宗麟も博多から上がる税収を期待してここを取り返したのだ。まずは町の復興を進めるべきだ。
豊後から大工を呼んでやったり、木材を優先的に差配しなくては。
だが宅之丞からはそうした話は聞いていない。
細かい事情も分からず上から目線は良くないが、適材適所なんだよなぁ。雷神 戸次道雪は最強の武人なのだ。博多みたいな内政が大事な所領に配置すべきじゃない。
豊後にいる入道殿のお加減が良ければ相談しても良いかもしれない。
でだ。
実は今、まさに目の前にその道雪本人がいるんだ。
流石に本人に城より町を復興しろよとは直接言えない。が、何か上手く穏便に伝える方法はないものだろうか。
チラッと道雪の顔色を伺う。
いや無理だわ、こえーもん。なんというか眼力が凄い。
とりあえず置いておこう。
しかし応接間ではなく、道雪の自室に呼び出されるとは思わなかったわ。
「急ぎ立ててしもうてすまぬな」
「いえ、道雪殿。それで何用でありますでしょうか」
「まぁ——先だって渡された早合の件でな。あれは実に見事じゃった。まずは礼を申しておきたくての」
なるほど、その話であれば他人に聞かれたら不味いから自室になるか。
多々良浜での毛利との決戦の時、俺たちは種子島の弾込めが早くできる早合をこっそり道雪に流していた。これは爺からの献策だった。
どうせそのうちバレると思っていたし、その前に恩に着せればラッキーだ。噂通り道雪は道義を重んじる人物のようだし……そう思って許可を出した。
それに筑紫の一部では咲弾を使っていたから在庫整理にもなる。
これで毛利を叩ければ更に良し、一石三鳥な良策だった。
「ありがたきお言葉です。工夫を重ねた甲斐がございました。されど早合の件はくれぐれも他言無用に願いまする」
「心得ておるわい。もとよりそういう約束じゃ。御家の秘伝に触れた以上、決して口外などせぬ」
「……」
それが本題だったのだろうか。道雪がじっとこちらを見ている。
「——お主、さっき何ぞ考え込んどったろう。言うべきかどうか、わしに告げるか迷うとった顔じゃった。構わんから話してみい」
「へっ?」
まずい、不満が顔に出てたか。
「かー、やっぱりか。顔に出やすいのぉ、もうちっと腹の内は隠せるようにならんと。大丈夫かいな。まーええ、ここに来た若いもんには、これを見せとる」
てっきり説教になるかと思ったが……。
話がわからないまま待っていると、道雪は背後でゴソゴソしだした。
「あったぞい」
道雪は目的の物が見つかるとこちらに向き直り、鞘に入った一本の刀をポンと投げて寄こしてきた。
ずっしりと重い、使い込んでいるが手入れが行き届いており、大事にされていそうな刀だった。
「抜いて良いぞ」
では遠慮なく。
鞘からするりと抜ける。
やはり大事にされているな。使い込んだ刀は手入れをしないと歪んで鞘から抜けにくくなる。
綺麗な刀だった。変わった刃文が特徴的だ。
「これは?」
「雷切よ。話のタネに初めて来た奴には見せとるんじゃ。いいぞぉ、それは。カミナリ切ってから刃こぼれ一つせぬようになったからな」
こんな風に見せて回っているから雷切の話が未来でも有名になったのか。
意外としょうもない爺さんだな。しかし刃こぼれしないとは、どんな風に刀を打ったんだとよくよく観察すると、刃先に無数の細かい傷があり、刀の表面がうっすら溶けている。
これって避雷針とかに残る傷ではなかろうか。それに植物の根や無数の枝のように見える模様は明らかに刀文ではなかった。
——どう見ても高圧電流が通った跡。
思わずマジマジと観察を始めてしまう。
「あれは熱い夏の時期だったのぉ。まだ若かったわしは……うん、どうした?」
「まさか、本当に、雷を切った?」
「だからそう言うとるじゃろうが」
えぇ、まじか。
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