第47話 筑紫に満ちる陽だまり
1569年11月 勝尾城筑紫館 筑紫俊介広門
「殿、こんな所におられましたか。またそのような格好で」
毛利との戦が終わって数日が立ち、俺は琴音の部屋でのんびり横になって過ごしていた。桜を見ながら佐賀城を包囲したのが半年以上前。それから完全な休みは一日しかなかった。
今日くらいは休んで良いはずだ。
「爺か、急ぎの政務は昨日終わらせたぞ。俺は今日一日はここを動かぬからな」
まぁ、というような顔をした琴音には気付かない振りをし、断固たる目で爺を睨みつける。
自室にいるとたいして火急でない知らせまでも飛んでくる。血をさんざん見たのだ。妻の自室でリフレッシュしても罰にはならんだろう。
休日の概念もないから働き通しだった。絶対にここを動かんからな。
「琴音様……」
爺が困った顔で助けを求めて琴音を見るが
「私は構いませんよ。ずっとゆっくりお話しすることが出来ませんでしたからね」
「ほら、琴音も俺がおらず寂しかったと言っているではないか(言っていない)。それで爺の用事はなんだ。急ぎでないなら下がれ」
「しかれども……お二人に文が届いております」
それは確認しておいた方がいいかな。
二人? と思いながら不機嫌そうに受け取ると、文は義父の斎藤殿からだった。一通は琴音に渡して俺は自分の分を開封する。中身は短い文だった。
横になったまま直ぐに読み終える。
「義父殿もまめな方だ」
読み終わった文を琴音に渡した。見られても構わない内容だ。
琴音は自分への文と、俺への文の両方に目を通して小さな口を開いた。
「同じことが書かれていましたわ。入道様が御倒れになったこと、それを隠していたことを俊介様に謝罪したいと」
「戦の最中だったのだ。義父殿は正しい事をした。お謝りになる事ではない」
そもそも黙っている事は入道殿からの指示だったのだ。
義父殿は武人では珍しい、この文のように生真面目なところがある。それが重宝されて入道殿の右腕に添えられたのだろうな、と思った。
「里帰り出来るなら戻ってこいと私宛にはありました。入道様が心配です。葬儀になるかもしれません」
お倒れになってから体調が良くないらしい。何とか豊後に帰ることは出来たそうだが……。入道殿亡き後の大友がどうなるのか、頭の痛い問題だろう。
「失礼いたす」
そう言って部屋に入って来たのは島だ。
島と爺だけは許可なしで部屋に入れていいとは言っているが、それは俺の部屋の場合だ。ここは妻の部屋だぞ。まったく。
「急ぎの用事でなければ帰れ。見ての通り俺は休んでいる」
「五郎太が金一封寄こせと騒いでおりまする。あの時、一番近くにおりましたのが殿なので……」
周防組と宗像まで敵中を突破した時の話か。
「わかった、わかった。島から適当に渡しておいてやれ」
五郎太はあの時に命中させたと騒いでいた。三本角の前立兜を脇に置いた武将が休んでおり、それを狙撃して見せたと。
だが毛利の誰それが死んだという話は聞かなかった。代わりに毛利元就が重い病にかかったという噂が聞こえて来た。
天幕に記されていた家紋は毛利家のものだった……。まさかな。総大将があんな前線近くまで出てくるはずがない。
「殿!」
休みたいと思っているのに、島の暑苦しい顔が更に暑苦しく主張する。
「殿は五郎太に甘すぎまする! 某にお任せくだされ。ガツンと言うてやりまする」
いや、本当にもしかすると何らかの理由で前線近くまで来ていた元就を狙撃した可能性はあるんだ。撤退の指揮を執っていたのかもしれない。
あの時、毛利の両川は多々良浜にいたんだから。誰かが代わりに大軍の撤退準備を指揮していたはずだ。
もしそうだとすると金一封どころか十封でもお釣りがくる大手柄だ。だからあんまり五郎太を邪険にするのも良くないという気持ちがある。
五郎太を待って撤退する時の毛利の混乱ぶりは予想以上だった。俺と周防組は追撃を全くされなかった。
それどころか多々良浜の道雪殿らは、我々が上げた狼煙を合図に同時に攻撃することで、混乱する敵を大いに敵を打ち破ったと聞く。
五郎太のおかげだ。その成果だけでも報いてやりたい。
「殿は五郎太が不貞腐れる事を危惧しておいでかもしれませぬが、あ奴に銭コを持たせると碌なことに使いませぬ。博打で無くすだけでござる。御心配には及びませぬ。あ奴の実家が某の所領にありまする。家への年貢の免除。無くした具足の代わりにより良い品を持たせてやりまする」
実家の年貢の免除。そういうのもあるのか。たぶん活躍が近所に噂になるだろう。郷里で評判になるのは誇らしいに違いない。
五郎太がそういう性格でなさそうな事は置いておく。
年貢の免除で近所から妬み僻みはないのかな。まぁ、問題なら島が差配するか。
「わかった、任せる」
そう言って琴音の膝に頭をのせて目をつぶって今度こそ休もうとすると。
「失礼いたします」
はぁと思いながら入室を許可した。
次は誰だと目を向けると宅之丞だ。お前は空気を読めるだろう。何故来た。
「戦が終わったとお聞きました。博多の店を再建したく存じます。よろしいでしょうか」
「よろしいも何も直ぐに取り掛かれと言っていた筈だが」
指示をしているんだからさっさとやれ、と言いそうになったところを琴音の前なので引っ込める。
あからさまに不機嫌な俺に宅之丞は全く動じない。
「百貫以上の歳出がある際には殿の花押(サイン)を頂くことになっておりました。ですが未だにお返事が戻っておりませぬ」
そうだった。面倒な取り決めをしてしまったかな。あれ、書類受け取ったかな。
「急ぎなのか?」
急ぎじゃなかったら後で自室で書類をあさろう。
「半年以上も戦場になっていた博多は大変被害を被っております。そのためあちこち大工が引っ張りだこでございます。直ぐにでも花押を頂きたく存じます。書類はこちらに別に用意いたしました」
「わかった」
なんて準備万端な奴だ。なかなかゆっくりできないな。
起き上がって受け取った資料を眺める。すると
ガラッ
何も言わずに入って来たのは弾正だった。お前しゃべるのが苦手なの知ってるけど流石に主人の妻の部屋に無言で入るってどうなんだ。
「殿、失った馬の補充を……」
弾正が言うな否や孫太夫が来た。
「殿、お茶をお持ちしました」「孫大夫さん、私の部屋では殿へのお茶は私が……」
「殿、貴人への文にこのような書き出しでは」
「殿、新しい片隠れの里ですが」
次々と人が入ってくる。
ダメだ。
限界だ。
「うるさーい!!」
多すぎる、何だこれは
「大坊! 俺と琴音以外は全員外に叩き出せ!」
すると人が入りきれずに開きっぱなしになった襖の奥から、ひと際背の高い大坊がぬっと姿を現した。文句を言う人間を次々と部屋の外へ放り出してくれる。
「こらっ、拾った恩を忘れおって」「きゃっ、わたくしは奥様の女中ですよ」
「……殿さまの命令は絶対ダス」
粘っていた爺と鈴も襟元から持ち上げられ大坊と共にいなくなる。
そして襖が締まると、ようやく部屋が静かになった。
先ほどまでは誰かが陰になっていたのか、今は暖かな日差しが部屋に差し込み、二人を包んでいた。
バタバタして舞った埃がキラキラと光っている。
「琴音」
「はい」
「茶をもらえぬか」
「はいっ」
これにて一章が終わりとなります。
皆さま10万字を超える物語に、ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございました。
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