第46話 敵中深く……
1569年10月 宗像領 五郎太
俺は周防隊の中で最も火打銃の腕に秀でていた。自他ともにそう評価された甲斐あって好きな時に好きなだけ、火打銃を使った訓練が許されていたし、咲弾も使い放題だった。
どの火打銃でも扱えるように他の衆は火打銃を共有している。
だが俺だけは特別よ。なんてたって俺だけ一等性能がいい火打銃を頂いている。
それに周防隊の中では、最も秀でた一番隊に所属している。
まぁ僻みはあったぜ? 一番若手だったからな。
だが殿と歳が近い人間の方が殿も意見を言いやすいだろうと、最終的に俺が小頭となった。
あの殿が年齢なんて気にするタマかよ、と皆が気付いたのは随分後だったが……。
宗像の案内人の後ろを進んで知らない山林をかき分けて進んでいく。時折大きな枝を切って目印にする。ここはもう敵の領内だった。
三十人いた周防隊のうち二十人が狼煙のために途中で置いていかれた。残りは十人と俊介様のみ。
チッ。
心の中でどつく。
あの新参当主は何を考えていやがる。当主が自らこんな敵陣山奥まで来てるんじゃねーよ。しくじる訳にはいかなくなった。
筑紫の山の中ならまだしも、ここは勝手を知らない宗像の山だ。姉君の旦那が治めているらしいが、ずっと音信不通だったそうじゃねーか。こんな危ない所にノコノコ行くなんて迂闊すぎるだろ。
だがこの殿はずっとそうなのだ。
大殿が亡くなられてから勝尾城、佐賀城、水城と、ずっと前線で指揮していた。
それは全ての戦場で間近で見ていた自分が一番よく知っていた。博打好きがしそうな戦い方は自分と似ていると思った。
あんな戦いではいつか痛い目に合うに違いない。
だがここであってはならない。敵中深いここでは見つかれば命に関わる。慎重にことを進めなくては。
しばらくして目的の場所に到着した。月が曇り当初は様子を伺うことは出来なかったが、待っているうちに雲が晴れて明るくなってきた。
案内人の話じゃこの辺から船が集まっている様子と、それを指揮しているのではないかと言う毛利の天幕が見えるそうだが……、あれがそうか。
天幕と船が見えた。
めちゃくちゃ船があるじゃねーか。海岸線に兵も沢山いる。
大友め、前線からこれだけ兵が居なくなってても気づかなかったのかよ。
こりゃあ毛利が撤退するってのは本当だな。
「五郎太」
殿が背後から名前を呼んで近づいて来た。こいつは綺麗な顔してひでぇ訓練を平気でする鬼みてーな当主だ。
「殿、まだ夢の中に居なくていいんですかい」
うちの鬼当主が寝坊助じゃないようで何よりだ。
そう軽口を叩いたのに、それを無視して殿は真剣な顔つきだ。
いやな予感がするぜ。
「あの天幕、毛利の家紋だ。ここからでは中の様子は見えないが、この先の崖上からならば中が覗けるかもしれん。その上で要人がいるようなら火打銃を打ち込みたい。だが日が昇ってきた、ゾロゾロそろって向かう訳にはいかぬ」
あー、クッソ。つまり俺か。
「俺一人ですかい」
「そうだ」
はいはい、いつもの無茶振りね。
「撃った後、俺は帰れるんですかい」
「五郎太の後に俺達は旗を掲げで援護する。その間に戻ってこい。悠長にしていたら置いて行くからな」
旗ね。一人あたり重い旗布を二枚持たされてたな。途中で置いて行った狼煙係の分も合わせると六十枚あるはず。昨晩にその辺の木の枝から作らされていた棒は旗立て用の棒か。
なるほど、準備はバッチリかよ。
「狙撃しろって沙汰があったんで?」
「無いが撃たれるような場所で天幕を張る毛利が悪い」
咲弾の射程は従来の倍はある。それを知らずに天幕を張った毛利が気の毒に思った。
「俺が戻るまで待ってくれるんでしょうね」
「さてな、半刻は待たぬぞ」
ひどい話だといった風の顔で嫌だと主張してみる。
「敵将を打ち取れば金一封だ」
殿は少し笑いながら甘い声をだした。
「それってどうやって確認するんですかい」
「名の有る将が倒れれば後々に大友が確認する。敵将が使う兜の姿は覚えているか?」
「覚えてねーっすけど、どんな兜の野郎がいたかは覚えときます」
殿はそれでいい、と言って俺の肩に手を置いてきた。
はぁ~、鬼め。鬼当主め。
嫌だがやるしかねぇ。
――― ◇ ――― ――― ◇ ―――
そして俺だけ先に進み。もっとも高い崖まで来た。
船を数え終わって天幕の中を見ようとしたが、この高さの崖まで来たのに上手く中が覗けなかった。
どうすっかな。やらないわけにはいかないよな。
近くの木の上を見る。あの木に登れば天幕の中が見えそうだ。甲冑は……くそ、捨て置くか。あとで絶対に殿に弁償してもらわねーと。
小刀で紐を切り、素早く具足を外す。文句を言いながら博打好きな血が騒いだ。
ナンマンダブ、ナンマンダブ。
木を登りながら心で唱えた。敵に見つかったらしまいだ。
逆光だから見つからないと信じて登る。
幸い仏の加護があったのか、大して苦労なく、敵に見つからないか冷や冷やしながらもちょうど良い所まで木に登ることができた。
ここからだと天幕の中が良く見える。
天幕の中を観察すると、三本の角がある兜が置いてあった。詳しくは分からんが俺でもどっかで見知った形の兜だった。
きっと当たりだな。だが兜しか置いていなかった。兜の主人がわからない。
どこだ?
すぐ近くにそれっぽい人物がいないか探す。間違えて撃ったら意味がないのだ。敵の混乱が直ぐに収まれば生きて帰れる可能性が減ってしまう。
混乱が酷くなるような御偉方を狙わねーと。どれが大将だ?
兜を被っていない、偉そうな奴だ。だがそれらしい具足を着た奴が見当たらない。
見渡しながら狙撃の態勢に入った。
一番しっかりした幹に身を寄せ体を固定する。骨で火打銃を支える。
肉じゃねぇ。自分の骨を感じてそれで支えるのが肝だ。
僅かに残った葉揺れで風を読んでいると、奥から何やら大きな箱が来た。
箱じゃねぇ、あれは輿だ!
こんな朝に輿に乗って誰か来たようだ。
俺でも輿に乗る奴が偉いんだって知っている。ならば輿から降りた奴を狙った方がいいか?
——いや違うっ!
輿が天幕の中を進み奥まで来ると、寝ている男の横で止まり降ろされた。
閃きが鋭くささやく。アイツだっ!
あの寝ている男だ!
布に包まりながら寝ていたから偉い人間だと分からなかったが間違いない。
体から布が落ちると立派な具足が露わになり確信になった。
輿の中に入られると撃てねぇ、今だ、今やるのだ。
覚悟を決め愛用の火打銃を構えると素早く無心で撃った。
ターンッ!
寝ている男に当たったと思う。倒れたりしないから確信は持てなかった。この距離では弾傷を確認する事なんて出来やしない。だが周りが騒いでいる。銃声で騒いでいるだけかもしれねーが、きっと当たったに違いない。
ゆっくりしている事は出来なかった。木を降り、脱いだ甲冑は無視して駆け出す。すると味方の銃声が聞こえた。
来た方に筑紫の旗が立っていた。
俺は筑紫の◇型の四つ目模様の旗を目指してひたすら駆けた。
金一封はぜってーに貰う。
絶対に貰うからな。
でないと、こんなの割に合わねぇ!




