第44話 毛利元就
1569年9月 某地方 毛利元就
「秋月・高橋が敗れたというのか。相手は、どこの将であるか?」
お互いに有力な将が相対し、主だった大友の将は動けないはずであった。四千の兵を水城に揃えておいたのだ。名のない将に倒されるほど秋月・高橋の両名は戦下手ではない。敗れるとしたら余程の兵数で率いて来たはずだ。
大友はどこから兵を拾い上げたのだ。そんな余裕は何処にもなかったはず……。
もし博多から兵を抜いたのならば元春に攻撃命令を、高良山から引き抜いたのならば龍造寺を直ぐにでもけしかけねばならぬ。
「筑紫で御座います」
筑紫!? 筑紫だと? そんな事があろうはずがない。筑紫なぞ三百も兵を集めるのがやっとであろうが。いや高良山から兵だけ抜いて筑紫に率いらせたのか。新参の外様に? 大友がそのような事をするとは思えぬが。
「どれほどの数を率いていたのだ」
「五百とも千とも聞き及んでおります」
こちらの数分の一の数ではないか!? 筑紫にしては多くあるが、虚報を疑いたくなるような少数の兵であった。
「戦は……直ちに終わったのだな?」
「朝方から始まり、昼には戦場を離れたと……」
戦闘の始まりと結果の知らせが同時に来るほどである。戦は早期に終ったのだとは分かっていた。だがそれにしても早すぎる。
僅かな兵で……何倍もの歴戦の将を……。
筑紫は時世の読めぬ愚かな若造ではなかったのか。
愚かでないならば毛利が優勢だと分かっていたはずだ。博多では槍を交える事も少なくなっていたのだ。
大友方は矢玉が不足して倹約しておるのは明白だった。筑紫が裏切れば完全に兵糧の道が途切れたものを……、それが分からぬならば愚かとした言いようがない。
幾度も誘い状を送ったのだ。七千石の小領主には破格の条件であった。儂だけでなく元春と隆景の連判で送ったのだ。それを無視しおって、筑紫め、愚かでありながら蛮勇はあったか。大友の狂犬め。武力一辺倒の愚昧なる輩に儂が……、何年もの準備が……。
落ち着くのだ。これで敵に兵糧の道が通ってしまった。時が経つにつれ他国に遠征している我が方の不利となろう。決戦か、撤退か、決断せねばなるまい。
元春めに勝算がいか程あるか聞き出さねばならぬ。おそらく五分五分であろうが、返事が届くころには水城での精緻な知らせも来るであろう。敗れた知らせが虚報かどうかもハッキリするはずだ。
虚報、それは希望的観測であることはわかっていた。九州勢の知らせに今まで虚報は殆どなかったのだ。長年培ってきた自慢の諜報網であった。
だが唯一、筑紫の小僧は新参であるため人となりが分からないままであった。おのれそれがこんな所で効いてくるとは……。
――― ◇ ――― ――― ◇ ―――
数日が過ぎた。
元春からの返信には勝算は五分だが戦うべし、とあった。戦うべきだろうか。相手方の道雪には何度も隆景が煮湯を飲まされている。
「元就様! 火急の知らせが!」
「述べよ」
「本国にて大内、尼子氏が挙兵! 高峰城、月山富田城まで押し入ろうとしております!」
悪い報せは続けて起きるものだ。
大内と尼子の遺児か、どこに隠れておった? まずい、まずいぞ! 本国はもぬけの殻じゃ。
襲われている高峰城の城主は多数の兵と共にこちらに連れてきている。そしてこれだけで済むはずがないと、もう一人の自分が脳裏で叫んでおる。
この機を見た動きの裏に、大友が手を引いているは間違いない。であれば所領に残った国人衆には裏切りの誘いが来ているはずだ。裏切りが連鎖したならば大変な事になる。
儂が九州勢にやった事と同じ事をされていたのだった。
吉岡越前入道め、手を隠していたな。絶好の機が来るまで待っておったか。
軍を引くべきだった。当たり前の決断がなかなか口に出せないでいる。
もう儂に『次』はない。自分も七十三になった。半年前にも病にかかり、動けぬ程ではないが完全に快方しない……。
毛利の『次』、孫の輝元めでは大友の相手をするは苦しかろう。東では織田が畿内を制しつつある。今こそ関係は良好だが、畿内が安定すればこちらに手を出して来るに違いない。
九州を切り取る機は今しかなかったのだ。
それを捨てねばならぬ……。
諦める決断の何と苦しいことか。
若き頃の諦めとはまた違う。あの頃の儂には時があった。機を待つことができた。
苦しい……苦しい。
……
「……退く。博多にいる元春と隆景に報せよ。文をしたためる、必ず二人に渡せ」
決断は苦しい物であった。
だが撤退までも苦しい物にするつもりはないぞ。大友はここぞとばかりに我らの後ろを突いてくるはずだ。
大友め、毛利の撤退を甘く見るな。弱小であった頃から何度も苦しい殿を経験しておる。
一計を思いついたわ。
兵を損なうことなく周防に帰ってみせる。孫に、次世代に繋げればならぬ。
伝令に文を渡すと握った拳の中で筆が折れた。




