第43話 巨星落つ
1569年9月 筑後高良山 斎藤兵部少輔
「そうか勝ったか!」
高良大社の奥の拝殿には灯り一つなく、薄暗くなった影の中で越前入道様は前線からの報告を待っておられた。
つい昨日、水城での勝利の知らせを受け。越前入道様は見たことも無いほど大層お喜びになられていた。
本日は宝満城での勝利を伝えたが、この連日の朗報は越前入道様を更に御興奮させることとなった。
宝満城を攻める下知はなかったが全く問題にしておられないようだ。この分であれば宗麟様からおしかりがあっても庇ってくださるだろう。
血気盛んな婿殿の事を思い安堵する。娘からの文には戦場に見る婿殿の果敢な様子は感じ取れない。
文にはただただ家にいた頃と変わらぬ娘の様子が感じ取れるだけだった。婚姻が決まったばかりの頃と比べれば驚くほど明るい。
婿殿の此度の勇み足について、もしも咎を指摘されるような事態になれば娘は悲しんだであろう。そうした心配も杞憂に終わりそうで何よりであった。
「随伴させた部下からの知らせによりますと、筑紫が姿を見せると宝満城の兵は戦意を喪失。水城で捕らえた捕虜に降伏を促させると、宝満城の兵たちは城主代理の秋月弟を捕らえ、差し出し降伏したそうです」
「良きかな、良きかな。兵糧は博多へ運ばせているな?」
暗い拝殿の中にあって、越前入道様の眼が赤く光っていた。
「はっ、矢玉が不足しているとの事でしたので多く持たせております」
返事をすると越前入道様はパチパチと手を叩いてお喜びになる。瞳孔は大きく開いて笑っていた。
このような御姿は私は見たことは無く、胸中に戸惑いと少しの不安が忍び寄る。
その様子はほんの数日前にお会いした時とは大きく変わっていた。些か常軌を逸している様に感じられる。
「そろそろ毛利の背後が怪しくなるころじゃ。これは勝ち成るぞ、兵部少輔! フハハハ!」
越前入道様は立ち上がり、私を背に高らかに笑い始めた。
直接お顔は見えなかったが、大社に奉納された鏡に顔が映っていた。
きっと鏡が歪んでいたのであろう。そこに写っていたのは人の世のものとは思えぬ鬼のごとき面であった。
「越前入道様っ!」
「儂を危ういと思うか? 兵部少輔」
ご返事ができないでいると越前入道様はゆっくりと振り返り、顔が当たるほど近くまで来られると声を潜めてお話になられた。
「大内輝弘を我が方で保護していたことは存じておるか?」
「いえ……」
大内輝弘? いったい誰だ。
だが大内の名で想像は可能だ。かつて周防、筑前、備前の三か国を支配した大内の関係者に違いない。
「輝弘は死んだ大内家当主の従兄弟にあたる。これに兵1500を与えて周防に送った」
「なんとっ! では?」
越前入道様が暗い目で静かに頷く。
「それだけではない。京に潜伏しておった尼子氏の遺児を見つけ出し、資金を渡し、これを出雲に送った。調べたところ毛利本国の兵は手薄じゃ。そこに大内氏と尼子氏が御家再興のため兵を上げたらどうなる?」
「毛利は……九州から兵を引かざるを得ない」
返事に満足したのか越前入道様の眼が御笑いになり、ゆっくりと元の席にお戻りになられた。
凄まじい慧眼、確かにこれなら勝てる。
「その通りじゃ。そして毛利が撤退するところを叩くっ! 勝てるぞ! 勝っウッ!……ぐ、ぬぅ。ガ、ガハァ!」
言葉半ばで、越前入道様の身体が大きく揺れた。咳き込むように喉を鳴らし、苦悶に歪んだ声が広間に響く。
「越前入道様? 入道様!?」
越前入道様が口元を押さえると、その手の隙間から、赤黒い血がぽたり、ぽたりと板間に落ちる。まずい!
「誰かっ! 誰かおらぬか!?」
叫びつつ駆け寄り、そのお体を支えると、越前入道様は信じられぬ程の力で私の肩を掴まれた。血が滴る口で……鬼の様な形相で言い寄られる。
「だ、誰にも知らせてはならぬぞっ! 矢玉を送るのじゃ。い、戦に入り用な物は、全てど、道雪に任せよ。撤退する毛利を……た、叩くのじゃ!」
そう言い終えるや否や、ガクリと頭を落とされ、全身の重みがのしかかってきた。意識を失われたのだ。
「誰ぞ! 誰ぞ早う参らぬか!」
声を張り上げながら胸中に冷たいものが走る。
これは、大変な、大変なことになった!
いかが、如何せん!?




