第42話 主人の戦勝報告
1569年9月 勝尾城筑紫館 琴音
ドタドタと急ぐ足音が聞こえる。緊張を強いる嫌な音だと思った。
「何か知らせがあるようですな。それでは先ほどの件はこれにて」
「ええ、だけれどあまり期待しないでくださいね」
城の広間で叔父様との会談はいったん中断となった。大した話ではない。姉の夫である紹運殿と伝手を作りたいという相談をされたのだ。
姉には二年前に千熊丸との名の男の子が生まれていた。だから子供向けに何か送れば喜ばれるだろうとお話した。
それと佐賀城での龍造寺との戦では『互いに武功を立てられ、誠に喜ばしかった』と、ぜひ姉を通して紹運殿にお知らせして欲しいと頼まれた。少しでも心象を良くしておきたいのだと思った。
俊介様のお役に立つのなら、と二つ返事で了承した。
聞くところによると俊介様と相対した敵の騎馬が逃げ出して、それを紹運殿が打ち取ったのだとか。
よく分からないけれど、紹運殿が功を横取りしたわけではないようだ。武人同士の阿吽の呼吸みたいな感じだったのかしら。
ドタドタ先ほどの足音が近づいて来た。城の兵は今ほとんどいなくなっている。俊介様も、侍大将の島様、弾正様もいらっしゃらない。一昨日に戦に出たのだ。
たぶんその知らせだ。手が震える。
ああ、神様。夫が無事でありますように。
両手を握って目を閉じる。
この祈り方は当主宗麟様の側室であるジュリア様に教えていただいた南蛮風の御祈りの仕方だ。御利益があるかは分からないけど。
バタンと勢いよく襖が開く。
「静かにせぬか!」
叔父様が声を上げる。
入って来た人を薄目を開けて見ると、土で汚れた具足を着ていて、戦から急いで帰って来たことが分かった。
あぁもう、心臓が爆発しそう。
「奥様、四郎様、お喜びくだされ! 御味方が大勝利いたしました! 殿は水城を攻め落とし、その勢い衰えぬまま宝満城へ攻め入り、そしてなんと、これを一日にして落城せしめられましたぞ。比類なき勝ち戦にございます」
「宝満城まで落としたのか!!」
叔父様が驚いている。
「夫は? 俊介様は? お怪我はないのですか?」
「ご安心くだされ。誰ぞ死傷者はおりませぬ」
良かった。
ホッとした。
――― ◇ ――― ――― ◇ ―――
筑紫四郎貞治
宝満城まで落とすとは、そのような手立ては用意しておらんかったはずだ。現場で殿がご決断なされたか。なんと危険な。島は止めなかったのか。
知らせからは詳しい様子は分からなかった。
だが当主である高橋の首級を上げたならばそれも能うやもしらぬ。
高橋の子は皆幼くして亡くなっており、秋月から養子をもらったばかりだと聞く。
来たばかりの養子に家臣の掌握など出来てはおるまい。当主の首を見せつけられれば戦意なぞ吹き飛ぶか。
大友が一年以上も囲って落とせなかった城を……中から崩れればこうも脆いとは、戦のなんと難しいものか。
良い知らせじゃった。だが先ほどの話は更に踏み入ってお話しなくてはならぬな。
まずは奥様にお祝い申しあげねば。
「琴音様、此度の大勝、御祝い申し上げたく存じます。……琴音様?」
琴音様はホッとしたのか心ここにあらずといった様子であった。
「え? ええ、ありがとうございます。何でしょうか」
「此度の知らせ。誠に喜ばしい事で御座いまするが、水城のみならず宝満城まで落としたのは専断で御座いまする。姉君を通して紹運殿には必ず宜しくお伝えくだされ」
「え? それは大切な事なのですね?」
専断などと余計なことを言って不安にさせる必要はなかったか。
だが筑紫は婚姻を結んだとはいえまだ新人の外様の扱いじゃ。せっかく殿が上げた功を言いがかりを付けられ、無かったことにされては堪らぬ。
「文を御したため下され。若君への祝いの品もすぐに用意いたしまする。それに殿は明日にもお帰りになられるかと存じまする。お出迎えの準備をば」
「わかりました。叔父様、何かと心を配ってくださり、ありがとうございます」
「無論に御座いまする。それでは儂はこれにて」
広間を退出し渡り廊下を早足ですすむ。
頭の中は今後のことでいっぱいだ。
博多の最前線では矢玉も尽きかけていたらしい。だがこれで兵糧を運ぶ道が通った。そして時期は秋。
冬になる前に戦場が動き出すに違いない。決戦になるのだろうか。外交で決着がつくのか。五分五分の状態で停戦はあるまいて。
此度の兵糧攻めは毛利の会心の一手であったはずだ。それが破られた今、時間をおけば今度は敵地にいる毛利方が不利になる。
決戦をしたいのは毛利の方だ。
もし決戦になるのであれば何か功を立てておきたいと思った。龍造寺と今回の戦で功は立てたが、やはり決戦で功が無ければ印象が弱い。
だが筑紫の御役目は兵糧を運ぶこと。今のままでは決戦に参加することはできまい。
前線の総大将である戸次道雪殿から催促されている例の件について殿に献策すべきかもしれぬ……。




