第41話 秋月種実の策謀
1569年9月 水城 島珍慶
当主が亡くなった高橋軍は離散。
残った秋月軍もまた退却をした。ただし整然と、まるで敗北までも予定通りであるかのような……そんな退却であった。
小さくなる秋月兵の人影を土塁上から目で追うと、殿が背後から声をかけられた。
「島、奇妙とは思わぬか? 秋月は——あえて高橋を助けなかったのかもしれぬぞ」
「まさか!? いや……そうですな。父親の仇でしたな。それ故に見捨てたと?」
「死ねばよし。死なぬまでも痛い目にあってしまえと考えていても不思議じゃないだろう? それに戦の最中に正面の敵が秋月から高橋に変わった。何の意味があったというのか」
確かに思いあたる節はある。
正面の敵が秋月から高橋に変わる際に妙に時を要していた。そもそもなぜ高橋の大将が戦が始まったばかりで先頭に立ち、向かって来たのか。秋月に手引きされたとすれば理屈が通る。
「あとは最初の方で土塁から飛び降り逃げ延びた秋月の兵がいただろう。にも関わらずこちらの種子島のカラクリが高橋に知らされていなかった。手ごわいと感じた秋月がわざと高橋軍を矢面に立たせた可能性がある。しかも島、それだけではないぞ。今回の高橋・秋月の混成軍を作るにあたり、毛利の仲介で高橋家に秋月の弟が養子に入っているのだ。高橋には嫡男がいないからな。これで秋月種実は労せずして高橋家を乗っ取ったわけだ」
なんという事か。事実であれば秋月の新当主、種実はなかなかの策謀家だ。そして陰鬱の気がある。敵に回すとやっかいな事となりそうだ。
「俊介様、島様、損害のご報告です」
少し暗い気に沈んでおると部下が損害を伝えに来た。此度の戦の被害は小さかったはず。
「お喜びくだされ。死者、重傷者共におりませぬ」
「なんとっ!?」
死傷者が皆無と言うのか!
八倍の敵と戦っていたのだ。地形と離間工作といった策が功を奏したとはいえ、重傷者すらおらぬとは……。
理屈はわかる。勝つように準備してきたのだから。
だが早合と咲弾を使った火打銃は想像を超え鬼神のごとき働きをしたようだ。早合による半分以下の装填時間。咲弾による三倍ほどの射程、そして火打銃による狭い土塁の上で倍の密集隊形……。
「島、義父殿と弾正が来られた」
狼煙を上げたことで水城の南北で敵を引き付けていた弾正と斎藤の軍は既に合流していた。
某の戦慄をよそに馬上を降りた二人が土塁の上を真っ直ぐ並んで寄ってくる。弾正はもちろん、流石の斎藤殿も様子が明るい。初めて対峙した事を思い出し念のため警戒しようとしたが、その必要はないと思った。
殿と二人の間にもうわだかまりは無いのだろう。
「婿殿、いや俊介殿。此度の勝利誠にお見事で御座る」
「ありがとうございまする。しかし義父殿、真の勝利はこれからになりまする」
どういうことだろうと斎藤殿が懸念な顔をする。これからお話しする事をお聞きすれば仰天するであろう。某も先ほどお聞きしたばかりだ。
段取りにはなかったが当主不在の城、なおかつ策謀により最近養子になったばかりの跡継ぎが守る城がある。
そして新作の種子島、これから成すことは成し得るに違いない。
「我らはこれより宝満城に向かい此れを落としまする。義父殿にはこのまま水城の守備に着いていただきたく存じまする。お頼みしても宜しいだろうか」
「宝満城を!? このままか! 軍の立て直しは如何するのだ」
「義父殿、此度の戦で我らに死傷者はおりませぬ。歩くだけなら何ら問題ありませぬ」
それを聞いたあの斎藤殿の顔が真っ青に変わる。八倍の、仮にも城と名がつく場所に籠る敵を攻めて大きな怪我人すらいないのだ。そしてそれほどの勝利を収めながら次の戦場に臨む貪欲さ。
滑稽にキョロキョロと周囲を見渡している。我が軍の兵が誰一人として倒れていない事に気付いたようだ。
新作の種子島の理を知っていた某ですら此度の戦の顛末には戦慄したのだ。何も知らぬ斎藤殿の心胆はどれほどのものか。思わず悦に入ってしまう。口元が笑う。
——いかん、いかんぞ!
敵討を果たした秋月の隠気に影響されたか。
斎藤殿は大殿の直接の仇だ。その事実が、某を陰の悦に浸そうと滲みよってきている。
ならぬぞ。某は大殿の事は忘れ俊介様の事のみを考えねばならぬ。殿と斎藤殿との関係はかように良好なのだ。家臣である某が上手に立って悦に入るなどあってはならぬことだ。
某の暗い笑いには誰も気付いた様子はなかった。
驚きのあまり言葉が出ないでいる斎藤殿に殿が声をかける。
「義父殿、本来であれば高橋の首を持って越前入道様の元までお知らせすべきですが、宝満城を落とすのに当主高橋の首は使えまする。しかし首を見せずに水城を落としたご報告をしても簡単には信用しづらいでしょう。義父殿からもご報告いただけませぬか」
「ま、待てっ! 待つのだ。い、いや、報告は良い。俊介殿、わかっておるのか。此度の戦、誠に見事だ。しかし、宝満城を攻める沙汰は出ておらぬのだぞ。越権行為となる恐れがある」
「勝てる時に勝たねば戦は終わりませぬ」
「左様ではある、左様ではあるが……。宗麟様は気難しい御方だ。出陣により宝満城を落とせたらまだしも、万一失敗すれば水城の功もなくなり逆に咎を受けることもありうるのだ」
大友の当主、宗麟様の噂は某も聞き及んでおる。知略に優れるが、南蛮の教えに心を寄せ神仏を顧みぬとか。
「その時は越前入道様と義父様がお守りくださるのでしょう?」
殿がいたずらっ子の様な顔でそう言う。
ははは、このように言われれば斎藤殿の性格では了承するしかない。某もやられたが意外に人たらしであられる。
斎藤殿は息子の無理な願いを承知する父親のようにゆっくりと頷いた。
「……仕方あるまい。この場の守りとこれまでの報告、しかと引き受けてしんぜよう」
「ありがとうございまする」
そうして我らは歩き出した。西日を横に某の前で殿と斎藤殿が嫁いだ琴音殿の話題で談笑しておられる。
数年前の比べると隔世の感がある。大殿の忘形見だ。大切にせねば。
例えそれで大殿の思い出が遠くなったとしてもだ……。




