第39話 500人 VS 4000人
1569年9月 筑紫地方 背振山脈 筑紫俊介広門
決行当日、晴天を確認して義父の斎藤兵部少輔に早馬を送った。水城の南側へ出馬して欲しいという要請だ。俺たちは早馬を見送って、鉄砲が百、騎馬が百五十、歩兵が二百五十という合計五百の編成で勝野城を出立、山道を通って博多方面へと向かった。
道の途中で騎馬を率いた弾正と別れる。彼らはこのまま博多方面へ山道を進み、水城の北側から現れる予定だ。
南から現れる義父殿とは挟み込む形になる。
敵の弱点は周辺で水城しか支配下に置けていないことだ。だからこうやって北と南から簡単に挟み込まれてしまう。
これで敵の四千の兵は北と南に分かれざるをえない、それでいて土塁のせいでほとんど連携が望めないから自らの首を絞めている。
土塁を挟んで南北で挟まれるくらいなら、水城を放棄した方が兵を動かしやすいだろう。
長年放置されてきたのには理由があった。
弾正を見送ると、俺と島の歩兵組は生い茂る道のない山中へ入ることになった。ここ背振山地の東麓は筑紫のホームだ。道なき道でも案内できる人間が多くいる。
彼らによると一刻程度で目的の場所に付けるらしい。
こうした道のない山の中を歩くと、この世界へ転生した頃を思い出す。
あの時は十一歳で山を歩くだけで精いっぱいだった。あれから二年たち、成長したおかげで山道を歩くのが楽になっている。
それに作戦が決まっていたので、背丈の高い植物はあらかじめ均してあった。先頭がナタを振るって時間を無駄にすることはない。
「それにあの時は夜だった」
「大殿が亡くなった夜のことですかい?」
俺が当時を思い出したことを口にすると、兵の一人が俺に話しかけてきた。周防組の一人の五郎太だ。
周防組は全員顔も名前も憶えた。特に五郎太は一人だけ若かったので直ぐに印象に残った。周防に逃げた時はただ一人の小姓だったそうだ。
佐賀城攻めの際には騎兵として戦に参戦していた周防組は、全員銃兵に転身させている。
だから今、水城の北側で弾正が率いている騎兵のうち三十人は素人に毛が生えただけの即席の兵だ。ただまぁ敵の誘導が目的だから問題はないはずだ。
今回の戦は咲弾と火打銃を持った銃兵がカギを握っている。だから周防組の精鋭は絶対に必要だった。
こんな風に手軽に兵を動かせるのは、まだ規模が小さいのと、半分以上が常備兵で訓練時間が取れるからだな。やっぱ便利だよ、常備兵。
少し昔を思い出しながら五郎太に返事をした。
「そうだ。あの頃は体も小さく着いて行くのがやっとだった」
「下の毛も生えそろっていませんでしたからね。はっはっはっ!」
半年前に祝言を挙げた事をいじっているのだろう。ここ三週間ほど地獄キャンプを一緒に過ごしていたからだいぶ調子に乗っているな。
「よくほざいた。貴様の組は一番矢面だ」
「はっはっはっ! 一番槍を頂けますようで!」
とぼける五郎太は同組の兵から黙れ、ふざけんなと抗議の声が上がる。
今回の作戦は地獄キャンプと同じく五人一組で行動させている。抗議の声は同組のメンバーだな。
地獄キャンプ、テレビやドラマで聞きかじっただけのアメリカ海軍特殊部隊が行うヘルウィークや、自衛隊の擬装潜入訓練を適当に取り入れただけのものだ。適当ではあったが中々上手くいった。
俺には鬼軍曹とかの才能があるかもしれん。まさかな、冗談だ。
だが訓練中、兵らは尊厳を投げ捨てて赤ん坊の様に泣き叫んでいた。あれは極限状態という新しい体験が出来たことの感謝の涙だな。
脱落者はゼロだった。
訓練の質が低かったのか、やはり甘かったのかもしれない。
だが俺の目標である銃弾の雨の中でも普段通り弾を装填し、進み、構えて、撃つ、それが出来ていたのは満足だった。
ちゃんと銃弾の雨を用意して訓練したんだぜ? わざわざ別の銃兵を連れてきて、半分は空砲、残り半分は当たらない様に注意しながら隠れたところから撃たれる訓練をしたんだ。
見えないところから突然の銃声と、ヒュンヒュン弾が飛び交う音の中でパニックにならずに正確に動く、たぶん普通の人間には出来ない。だがこいつらは出来るようになった。金も人員もかけただけあった。
最後の十日間は潜入訓練。目標まで移動して最低限の水と食料だけで一週間隠れる。本当は冬にやりたかったんだがな。夏だと冷たい食料でも水さえあれば比較的楽に耐えられてしまう。浅く眠ることも出来たからきっと楽勝だっただろう。
訓練には鎧に迷彩柄まで付けたんだ。渋っていた兵達も実際の効果を見せつけたら黙って従った。
森の中で迷彩柄を付けた俺と小刀一本で一対一の勝負をしたんだ。俺の全勝だった。こっそりと相当に練習してたけどな。
こういう訓練は舐められたら終わりだ。
潜入訓練では俺が見回りをして、そして見つかったら折檻される。いびきをかいて見つかるような阿呆は拷問訓練だ。
見つからなくとも最後は褒美に拷問訓練だ。
拷問訓練は土のう袋を顔に被せ、両腕を後ろに拘束、暗い部屋に長時間立たせて罵声と暴行、冷水を浴びせて時たま無理やり顔を水槽に押さえ込む。そんな一日を過ごさせる。
まぁ凄く頑張ったんじゃないかな。俺は素人だから知らんが。
こいつらは徹底的に鍛えて死なない様に大事にこき使わないとならん。
先導する兵にそろそろ静かにしてくださいと言われてから半刻ほどで目的地手前まで着いた。他を休ませ、隊長格と俺だけ先行して案内人に着いていく。
高台から戦場が見えた。水城にいる敵兵の様子が丸見えだ。
水城から南に半里程度の場所に兵が居るのも見えた。おそらく義父殿の軍だろう。約束通りに水城の南の兵を引きつけに来てくれた。
そして北側には砂塵が見える。これは弾正が率いる騎馬隊だな。
水城の全長はおよそ二キロ、土塁上部の幅は五メートルほどで人が数人しか横一列に並ぶことができない。
見た様子だと土塁上の敵は四百人くらいかな。
また東門の南北にも八百ずつ。西門の南北にも八百ずつ配置されていた。
合計四千、これが水城に配置されている敵兵の全貌となる。
以上は島の分析だ。俺は見ただけで数千の人数とかは分からない。訓練のお陰で数十から数百はわかるんだけどな。
「西門だけ敵兵の毛色が違うように見える。あれは高橋の軍か?」
「高橋の旗がありますので間違いありませぬ。事前の情報通りですな」
島が答えた。敵は混乱を避けるために守る場所で所属の兵を分けているのだ。人数が多い秋月の兵は東門に加えて土塁上の守備にも着いている。
「よし、確認は出来た。行くぞ」
「兵を鼓舞しないので?」
「こんな所で大声は出せぬし、周防組とは三週間も共にしたのだぞ? 何も言わずとも大丈夫だ」
何も言わずとも大丈夫、この言葉を聞いて周防組が満足してくれたのが感じ取れる。それだけ濃密な訓練だったからな。
ちなみに島は地獄キャンプに参加していない。兵糧を運ぶ任務があったし、何より面子を潰してしまうから一般兵に混ぜる訳にもいかなかった。
あ……、島は自分が鼓舞して欲しくて言ったのかもしれないな。何か一言言ってやるか。
「島、お前の好きな戦争の時間だぞ。楽しみなことだな?」
「ははっ」
島の顔が笑顔で満ちる。やっぱりお前は戦闘狂だよ。




