第38話 六人になった評定
1569年8月 勝尾城筑紫館 筑紫俊介広門
勝尾城の広間に主だった家臣が集まっている。
爺こと筑紫四郎貞治
侍大将の島珍慶
同じく侍大将の帆足弾正
勘定方(仮)の神屋宅之丞
側仕えの筑紫孫大夫
と俺の六人だ。六人もいると広間が狭く感じる。
まだ十一歳の孫大夫をここに加えたのは俺だ。
意見や発言に期待しての事ではない。だが佐賀城の攻城に参加した時に俺は反省した。
あんな事をしていれば俺はいつ死んでもおかしくなさそうだ。では死んだら誰が後を継ぐんだ?
当たり前だが子供はいない。
弟はまだ三歳だ。
つまり消去法で孫大夫しかいない。
万一の時に少しでもスムーズに引継ぎが出来るよう、この十一歳の子供を評定に加えた。座って雰囲気を掴むだけで十分だ。孫大夫には発言しなくとも、内容が分からなくとも問題ないと伝えてある。
「殿、では水城攻めは決定事項であると?」
「越前入道殿より正式に沙汰が下された。義父殿から五百の援軍、そして佐賀城で失った馬三十の補充、高橋と秋月の調略も引き受けてくださる」
おぉ、という声が上がる。
「さらに朗報だ。火打銃だが俺が付いていなくとも片隠れ衆だけで作れそうだ」
種子島を改造してフリントロック式銃にする仕事を片隠れ衆に命じた。初めて銭作りを始めた時の様に付きっきりで管理の必要があるかと考えていたんだが、想像を遥かに超えて腕が上がっていて嬉しい誤算だ。
またフリントロックだと馴染みがないので火打銃と呼ぶことになった。ミニエー弾は咲弾、命名者は両方とも孫太夫だ。
弾が花が開く様に広がるから咲弾だ。名前から機能が連想されるようなのはコピーされる原因にもなるから良くないんだが、今回は味方に機能を理解してもらう分かりやすさを重視した。
「片隠れ衆の腕が良くなっているのは、今までの殿の御指導の賜物でしょう」
と、よいしょするのは宅之丞、元商人だけあって口が上手い。
「殿の無茶振りで鍛えられのじゃろう。銭作り、シャボン、焼酎、早合、そして今回の火打銃、いやはや中々の腕前じゃ」
と、少し厭味ったらしいのが爺。相変わらずだ。
「咲弾は銭作りに比べれば格段に容易であります。私でも時間をかければ作れました」
そう言う孫大夫は俺と一緒に火打銃と咲弾の指導に付いていたから片隠れ衆の実力を知っていた。
「それで殿は空いた時間を使って周防組を鍛錬したいと仰られるのですな? お言葉で御座るが既に戦は始まっておりまする。いささか悠長では御座りませぬか? 火打銃と咲弾が出来ますれば、水城攻めを早めるべきだと考えまする」
悠長に構えて戦が決着してしまえば戦功を立てられない、そう島は言いたいのだろう。多少は戦に早く出たい下心もあるかもしれない。
「戦は長期化する。焦って準備が不十分になれば成るものも成らぬ。敵は筑紫よりはるかに巨大であることを忘れてはならん」
新銃と弾、ハード面は可能な限りの強化ができた。次はハードを活かすため次はソフト面の強化が必要だ。
それに咲弾を使った早合は強力だが入念な準備なしで何倍もの敵を倒せるような魔法の技術じゃない。今の技術を多少アップデートしただけの物だ。兵の運用もアップデートしたかった。
ただ兵の運用については俺は素人だった。だから優先度が低かったんだが、手が空いて少しでも戦力を強化したい今こそ、腰を据えて取り掛かるべきだと思った。
一同を見渡すと島と同じ侍大将の弾正は何も言わない。戦だと普通にしゃべるんだが評定だと口を開かないんだよな。孫大夫が意見を言っているんだぞ。お前の意見も聞きたいんだが……。
「承知仕りました。決行は九月ということで異存御座りませぬ」
少しの沈黙を挟んで島が答えた。納得してくれたらしい。
「うむ、島は兵糧の護衛、弾正は周防組が抜けた代わりの三十騎の新人を鍛えよ。孫大夫は片隠れの進捗を監視だ。宅之丞は博多で戦の情報収集。爺は残って城を頼む、決行日には城から兵がほとんど居なくなる」
「なにお任せくだされ。龍造寺が来ても二、三日であれば城くらい守ってみせますわい。……ところなんじゃがのう。ここに殿への文が三通届いておりまする」
評定が終わるかという雰囲気の中、爺が三通の文を渡してきた。二通はこれから攻めようとしている秋月と高橋からだった。
このタイミングで敵方の二人から文が来るということは寝返り工作か。
毛利のジジイが自分で文を出しても効果がないから少し変化球を使ってきたか。こういうのが毛利外交のコツなのかな。いつか真似してみよう。
その二通から中身を確認する。
高橋の文には毛利は自分達だけでなく筑紫の独立も認めてくれている。大友の今までの悪逆非道な行為を例に挙げながら、そのような大友から独立を計るべきだ。という内容が書かれていた。
宗麟は家臣の妻が欲しくなって無実の兄を殺した不届き者なのだ、とも書いてあった。本当なら酷い奴だ。実際どうなんだろうな。
秋月も似たような内容だが、共に周防に逃れ再び九州に帰って来た同士ではないか、という文面もあった。
秋月も親父が大友に敗れて子供の頃に毛利の周防でやっかいになっていた。
もしかしたら顔を合わせていたのかもしれない。知り合いだった可能性もある。
だがすまん。俺は周防での暮らしを全く覚えていないんだ。
「二通とも毛利に寝返れと書いてある」
周りを見渡して俺は言った。島はけしからんみたいな顔をしている。
爺は逆に、目でいいんじゃないの、みたいな雰囲気を醸し出している。
「皆の物、一つ言っておく。俺は裏切らんぞ。大友は大大名で、我らは筆頭家老であられる越前入道殿から格別目にかけて頂ける幸運に恵まれている。大友の中で力を付け、確かな立場を確立するのだ」
爺以外は分かっている、という顔になった。爺の嫌な顔はあからさまだ。子供らが殺されたから心底大友が嫌いなのだ。
そして最後の一通は。
「姉君からか」
そう、実は俺には姉がいるのだ。年の離れた、俺が父親と共に周防に逃れていた時には結婚して筑紫を離れていて、それで縁が薄くなってしまったが……。
姉は現在、宗像氏貞の妻になっている。
宗像氏の領土は博多の北東にある。今回の戦では毛利の軍隊の通り道だったので、戦わず直ぐに下っている。石高は三万くらいか、百五十万石の毛利が来たら降参するわな。
「こちらの文も離間工作のようだ」
「如何なさいますか? 毛利に書かされたのだと思われますが」
「裏切りはせんが無視することはできまい。返事を書くから待っていろ」
どんな風に書くべきか。
心配頂きありがとうございます。誘いに乗ることはできません。
そんな感じの文章で良いな。
毛利はいずれ九州から撤退するから、あまり深入りしない方がいいかと思います。旗色が悪くなったら俺から越前入道殿に口を利いてあげるから早めに連絡してください、みたいに書いておくか。
返信は毛利にチェックされる可能性も考えて、後半の内容が書かれた文はこっそり渡して貰わないとな。
会ったこともない姉、はて、どういう人だろうか。




